落ち着かない日々のなかで、楽しんでいた仕事も手につかなくなった。以前は1時間あれば10個ほどのアイデアが浮かんだのに、3時間かけてもなにも出てこない。これでは仕事にならないと上司にすべての事情を話して、ほとんどのプロジェクトから外してもらった。自分が進めるしかない案件に関しても、クライアントに正直に話をして、頭を下げた。そうして空いた時間を使ってなるべく家族と一緒に過ごしながら、視覚障害者に関する文献にあらかた目を通した。
二度目の手術が終わった頃にはひと通りの知識を得ていたが、文字情報だけではわからないこともある。もっとインプットしたいと思った澤田さんは、友人、知人のツテを介してさまざまな障害を抱えながら生きている人たちに話を聞きに行くことにした。仕事が始まる前、仕事が終わった後、あちこちに足を延ばした。
全盲の息子がこれから生きていくために、そして息子をこれから育てていく自分と妻のためにどうしても聞いておきたいことだから、率直に、たくさんの質問をした。これまでどんな苦労がありましたか? 今の夢はなんですか? どうやって勉強しましたか? 就活しましたか?
健常者と障害者を隔てる「間」
ただ自分が知りたいことを聞いているだけなのに、いつの間にか多くの協力者が現れて、ある会社を訪ねた時には10人が待っていた。澤田さんには、この体験がとてつもなく新鮮だった。
「ビジネスの世界は、なるべく情報を隠しますよね。でも、僕が出会った人たちはひとりの親として悩む僕に寄り添って、皆さん、自分たちが経験したことを惜しみなくシェアしてくれました。障害者の世界に初めて触れた僕にとってそれがすごく斬新で、福祉ってすごくいいなと思ったんです。しかも、彼らの課題は思いもよらないことばかりで、たくさんの気づきを得ました」
3カ月間で出会った人の数は、200人。障害者たちの生の声を聞いて気づいたのは、社会と障害のある人たちの間に横たわる、目に見えない「間」だった。例えば、視覚障害者がバスに乗ろうとバス停で待っていても、目の前のバスがどこに向かうのかがわからない。おいしいラーメン屋には狭い店があるから、車いすでは入れない。健常者は、そう言われなければ気づけない。
200人に会う過程で聞いた、障害者視点のイノベーションのストーリーには、目からうろこが落ちた。マッチを使うには両手が必要だから、片腕の人も火をつけられるようにと開発されたのがライターだ。口先が曲がるストローは、寝たきりの人でも飲み物をこぼさずに飲めるようにと生み出された。世間一般では、こういった話を聞くこともないまま日常的に使われている。