「運命の患者さん」と出会いたい

仲間や、先輩、後輩からは、「何もそこまでしなくても……」「もうゆっくりしてもいいのでは……」といった言葉をかけられます。しかし、そう言われると、なおさら「のんびりはしたくない」となるのが私の性分なのです。

少なくとも、生活の基盤は日本に構えつつも、年間の半分くらいは、私を必要とする患者さんのために、世界中どこへでも行きたい気持ちです。私はまだまだ「運命の患者さん」と出会いたいのです。

日本を離れたいと考える理由はもうひとつあります。それがあとに続く外科医のためになるからです。私が手術をしなくなって“ご意見番”のようになったら、若手医師にとってはけむたいだけです。

私が心臓外科医としてどこか遠くにいれば、彼らの邪魔になることはないでしょうし、飛躍の場も広がることでしょう。

上皇陛下との出会いで、断酒を決めたワケ

一視同仁いっしどうじんという言葉があります。私の好きな言葉です。唐の時代の中国の文学者、韓愈かんゆ(768-824年)が著した『原人』の一文ですが、辞書によればその意味は、「すべての人を差別せず平等に見て、仁愛を施すこと」とあります。そのうえで、自分の仕事に置き換えると、「すべての人を公平に平等に診て、手術で回復してもらう」ということだと理解しています。

天野篤『天職』(プレジデント社)

上皇陛下の「公平の原則」に心を打たれて少しでも実践したいと決めたときから、「常在緊急対応」の精神で多少はたしなんでいた酒をやめました。

海外訪問時など、遠く離れた異国の地にある場合にはお付き合いを最優先として例外にしていますが、国内では心臓外科医である限り、夜間も含めて救急の患者さんがいつ運ばれて来ても対応できるようにしたかったからです。

仮に酒席の夜があれば、おのずと救急対応ができない時間ができてしまいます。もう少し年が若いときならば、それも必要なリラックスのための時間でしたが、残り少ない心臓外科医としての日々を考えると、「かたときも医師としての時間は無駄にはできない」。そういう思いに気持ちは変わっていたのです。

息も苦しく、車いすで入院して来た患者さんが、私たちの手術で元気を取り戻し、背筋を伸ばして退院して行くのを見送るのは、心臓外科医の最高の喜びです。だからこそ、限りある炎を少しでも長く燃やし続けることで、元気を取り戻せる人をひとりでもふたりでも増やしていきたいのです。

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