患者さんの体に負担の少ない新しい術式
従来の心臓手術では血管を人工心肺装置につなぎ、心臓を止めて行っていました。人工心肺装置は医療従事者の間では「ポンプ」と呼ばれています。心臓にかわって血液を送り出すポンプの役割をするからです。
心臓を止める時間が長ければ長いほど、患者さんの体へのダメージも大きくなります。当然、予後にもかかわってきます。いっぽうで、私が手がける冠動脈バイパス手術は心臓を止めずに行うことがほとんどです。
人工心肺装置を使わない「オフポンプ術」では、患者さんの負担が大幅に軽減されます。その結果、それまでは手術をあきらめざるをえなかったご高齢の方々も、安全に早く回復するような手術ができるように変わっていきました。
冠動脈バイパス手術後の上皇陛下が元どおりの元気なお姿でご公務に復帰されたことは、国民のひとりとして大きな喜びであり、術者としてもなによりうれしいことでした。
自分だから救える患者さんがまだまだ世界中にいる
そんな心臓外科医としての私にも、メスを置く日はいつか必ず訪れます。ですが、その日がくるまで、「本当に自分を必要としている患者さんを探したい」と考えています。大げさな言い方をすれば、「自分だからこそ、命を救える患者さんはまだまだ世界中にいるはずだ」という思いからです。
新型コロナウイルス感染症の世界的な流行により、海外への渡航はまだまだ課題もありますが、今後のひとつの目的地は、中国だと思っています。
これまで、招かれて何度も中国で手術を行ってきました。今や世界第2位の経済大国となった中国では医療も急速に進歩しています。しかし、富裕層には手厚い医療体制が整えられているものの、圧倒的に多い所得水準が低い人々は医療の恩恵を受けられていないのが実情で、心臓にトラブルを抱える患者さんが増え続けているのです。
「限りある炎」を燃やし尽くしたい…
世界的に見ても整備されている日本の医療体制では、富裕層にも所得水準が低い層にも高水準で手厚い医療が提供されています。また、血管内に挿入する細い管状の医療器具、いわゆるカテーテルを使った治療法の進歩により、外科手術の意義は認めつつも、大きく胸を開く開胸手術自体が減ってきていることも事実です。おのずと私がやるべき仕事は限られてきます。
近年は、ほかの病院では手術を断られてしまうような難易度が高い状態の患者さんを中心に手術を行っていますが、そうした症例はむしろまれで、私が執刀しなくても元気を取り戻せるケースも多いのです。それこそが日本の誇る医療の素晴らしさです。
しかし、中国や、その先のアジア各国は違います。今なら私の手で助けられる命がたくさんあるのです。ですから、ここから先の人生は、日本とアジア各国を行き来しながら心臓病の患者さんと向き合う生き方を実現させたいと考えています。言い換えれば、自分を必要としている患者さんを、こちらから探していきたいのです。
65歳という年齢を考えると、メスを置く「その日」は、けっして遠い先の話ではありません。
だとすれば、天職である心臓外科医としての「限りある炎」を燃やすべき場所はどこなのか。みずから炎を消すならばどこで消すのか。その答えのひとつが中国と、その先のアジア各国にあると感じています。