期待の言葉がモチベーションの源に
そもそも法務部門に配属されたのは、英語が得意だったから。法学部出身者が居並ぶ中、文学部出身の愛宕さんはスタート時から特殊な存在だった。入社して最初に担当したのは、欧州における複写機のアンチダンピングの調査。海外とのやりとりの中で、英訳や和訳を行う役割を担った。
愛宕さんは、最初にこの仕事を担当できてラッキーだったと振り返る。英語力を生かせると同時に法務の勉強にもなり、加えて営業や製造などの各部門や社外弁護士とのやりとりを通して、事業の流れも一通り把握することができた。やりがいも成長の実感もあり、とても楽しい時期だったという。
ほかにも、同じく特殊案件であるアメリカでの特許訴訟などを担当し、30代に入った頃にこれらの案件がひと段落。心に余裕ができたせいか先々のキャリアについて考えるようになり、法務の仕事を続けることに疑問を感じ始める。
「色モノばかり担当してきたので、私はもう法務の王道には進めないのかなと思い始めたんです。“法務の中の英語担当”みたいな便利屋で終わるのは嫌だな、別の分野にも挑戦してみたいなと。広報への異動を願い出てみたり、転職活動をしたりもしましたが、当時の上司の言葉で断念しました」
上司は「法務で一人前になるには10年かかる」と愛宕さんを説得。まだ一人前になってもいないのに諦めるのは早いと言いたかったのだろう。思いがかなわずがっかりしたそうだが、これで気持ちが伝わったのか、以降は王道である契約審査業務も少しずつ任されるようになった。
そのうちに上司から頼りにされるようになり、後輩の指導や育成にも当たるように。こうした経験を積むに連れてやりがいも大きくなり、ずっと法務でやっていこうという思いが芽生え始めたという。
ところが、30代後半に入ると次々と「色モノ」を担当することになる。マレーシア子会社の現地株主との紛争解決、アメリカの上場企業の買収――。どちらも結果的には無事にやり遂げ、自身の成長の糧にもなったが、担当した当初は何から手をつけたらいいのかさっぱりわからない状態だった。
特にアメリカでの企業買収は、前例のない仕事に慣れているはずの愛宕さんも久しぶりに尻込みしてしまったそう。担当するよう命じられ、現地に出張することになったのは、管理職に昇格してわずか2週間後。特殊案件の経験は豊富でも、「新しいことなら私に任せて」と言える自信はまだなかった。
「そうしたら上司が『あなたがやらないで誰がやる』って。その言葉に燃えましたね。そうか、期待してくれているならやらなきゃと。私にとって、期待や感謝の言葉はモチベーションの源。上司の言葉をきっかけに前向きな気持ちを取り戻し、結果的にこの仕事が大きな転機になりました」