田中角栄は「千代新」という料亭が好きだった。写真週刊誌FOCUSが、首相当時の角さんが「千代新」から出てくるところを撮った写真が話題になったことがあった。
角栄の愛人の1人は神楽坂の芸者であった。元芸者で、私も時々顔を出していた赤坂の料亭の女将は、三木武夫の彼女で、子供までいた。待合政治華やかな時代だった。
昼間、国会などでのやり取りは「建前」で、「本音」は料亭でという日本的な政治手法が色濃く残っていた。
当時、某新聞の政治部長と親しくなった。一度、神楽坂に行くという彼のハイヤーに乗せてもらったことがあった。
どこへ行くのかと聞くと、「角さんと各社の政治部長たちの集まりが神楽坂の料亭である」といった。政治部と首相の懇親会も料亭で行われていたのである。
本音で話せる「会食」ができないストレスなのか
そんな待合政治が崩れ、赤坂村の火が消えていったのは、リクルート事件がきっかけだった。自民党単独政権が終わりを告げ、非自民勢力が結集して細川政権ができる。
細川首相は「料亭政治の廃止」を宣言し、自らもホテルを利用するようになる。派閥も力を失っていって、「夜の国会議事堂」は崩壊していくのである。
だが、日本の特殊な政治的慣行である待合政治そのものがなくなったわけではない。場所をホテルや高級和食屋などの個室に移して、酒食を共にして談合し、重要な政治的決定を話し合うことは今なお行われている。
田中角栄的な遺伝子を色濃く持っているであろう菅首相や二階幹事長などは、そうやって人脈を広げ、権力の階段を上ってきたのである。
したがって、本音で話せる「会食」ができないのはストレスがたまることなのであろう。
ストレスがたまりにたまった菅首相は、早期にコロナ感染拡大をストップし、今夏の東京オリンピック・パラリンピックを何としてでも開催しようと、コロナ特措法と感染症法の改正案を成立させようとしている。
その中身は「政治の怠慢や判断の甘さを棚に上げ、国民に責任を転嫁し、ムチで従わせようとしている」(朝日新聞社説、1月16日)ものである。
菅政権の強権的な体質がもろに出ている危険なものといわざるを得ない。