日本学術会議の会員候補6人が任命されなかったことについて、議論が過熱している。文筆家の御田寺圭氏は「菅首相は個人的な好悪でこの6人の任命を拒否したわけではない。だれもが認めるたしかな実績を持つトップ・エリートだからこそ、あえて任命を拒否したのだろう」と指摘する——。
インタビューに答える菅義偉首相=2020年10月9日、首相官邸
写真=時事通信フォト
インタビューに答える菅義偉首相=2020年10月9日、首相官邸

任命されたメンバーにも「政権に批判的」な人はいる

科学や学問的知見を社会に反映または浸透させることを目的として設立された「日本学術会議」——その新会員候補者のうち6名の任命を菅首相が拒否したことが、大きな波紋を呼んでいる。

立憲民主党や共産党などの野党、あるいはマスメディアや大学でもこの一件は厳しく批判されており、なかには「憲法で示される『学問の自由』に違反している」といった指摘もある。これに対して菅首相は「学問の自由の侵害には当たらない」と反論し、6名の任命を拒否した理由については「総合的かつ俯瞰的に判断した結果」だと述べた。むろんこのような、ほとんどなにも言っていないに等しい釈明で野党もメディアもアカデミアも納得するはずがなく、批判の声はますます大きくなり、議論は紛糾している。

今回、菅首相によって任命を拒否された6名は以下のとおりである。

芦名定道:キリスト教学者、京都大教授。
宇野重規:政治学者、東京大教授。
岡田正則:行政法学者、早稲田大教授。
小澤隆一:憲法学者、東京慈恵会医科大教授。
加藤陽子:歴史学者、東京大教授。
松宮孝明:刑事法学者、立命館大教授。

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任命を拒否されたメンバーになんらかの共通点を見出すとすれば、自民党政権やそのポリシーに対しておおむね批判的であったこと、とりわけ安全保障関連の法案や、共謀罪など治安関連の法案に反対してきたことなどが挙げられるだろうか。しかしながら、任命されたメンバーにも、任命拒否されたメンバーと同じような見解を持っていた人がまったくいないわけではない。

「トップ・エリート」だからこそ、拒否された

単純に「安倍政権および安倍政権が打ち出してきた外交・安全保障の方向性を踏襲する菅政権に対して批判的・否定的だったから」ということが理由だったのであれば、任命を拒否されるはずの対象者はもっと多くなければつじつまが合わないだろう。

また、今回任命を拒否されたメンバーが、学術会議のメンバーとして不十分な資質の持ち主だったということはまずありえない。一部ネットでは「学術評価ツール『スコーパス』で調べたところ、拒否されたメンバーの実績は低く、任命拒否の首相判断は妥当だった」と評する向きもあるようだが、スコーパスは日本の人文学者を評価するツールとしては不適当であり、これは誤情報といえるだろう。

拒否されたメンバーは学術的実績や資質に欠けるどころか、むしろ「錚々そうそうたる顔ぶれ」と表現する方が適切なほどの実績とキャリアを長年にわたって積み上げられてきた、日本の人文知におけるトップ・エリート層である。「学問的知見を社会に反映または浸透させること」を目的とした組織であれば、彼・彼女たちは適任だったはずである。

では、彼・彼女らの任命が拒否されたのは、菅義偉というひとりの人間として個人的な好悪に基づいて、あるいはまったくの気まぐれで適当に——というわけでもない。そうではなく、菅首相はアカデミアのだれもが認めるたしかな実績を持つトップ・エリートだからこそ、あえてこの6人の任命を拒否したのである。言い換えれば、菅首相にとって任命を拒否するのは、ぜひともこの6名でなければならなかったのだ。