音曲漫才、剣戟漫才、兵隊漫才…実在した多様な漫才
そして漫才師自身の変化・進化のほかにもうひとつ、漫才自体の変容もある。今年の『M-1グランプリ』に対して「昔の漫才はあんなドタバタしていなかった」「昔の漫才は話術だけで勝負していた」という意見や批判も見かけたが、これもまた短絡的な歴史解釈である。悪く言えば、『M-1グランプリ』だけの歴史でしか解釈できていないのだろう、と感じるほどである。そんな解釈をなされたら、過去100年近くの漫才のほとんどを否定せねばならなくなる。
古い漫才の広告や当時の記録を調査すると、昨今の『M-1グランプリ』が実に穏健に見えるほど好き勝手なことをやっているのだ。
楽器を演奏する「音曲漫才」を筆頭に、舞台の上で皿や傘を回す「曲芸漫才」、舞台でチャンバラのマネごとをする「剣戟漫才」、相手を殴り倒す「暴力漫才」「ドツキ漫才」、軍服を着て兵隊生活を茶化す「兵隊漫才」……中には「煙管漫才」「タヌキ漫才」「ゴリラ漫才」「相撲漫才」なんていうものも実在した。
暴れようが小道具を使おうが「漫才」なら「漫才」
しかも、これらのジャンルはほんの一握りで、挙げようと思えば一冊の本にまとめられるほど、漫才の芸は多岐にわたる。
むろん、その中にしゃべくり漫才も含まれるが、全員が全員マイクの前で整然としゃべっているわけではなかった。しゃべくりのスタイルを踏襲しながら、内実は浪曲漫才、芝居漫才だったという名コンビはいくらでもあった。ちなみに、音曲漫才や珍芸漫才と称しながら、しゃべりに主眼を置いていたコンビも存在するので、ややこしい。
今日ならば「曲芸」「コント」と批判されそうであるが、その昔はいくら舞台で暴れようが、小道具を使おうが「漫才」という矜持があれば、内外共に漫才だという認識を得ていたのだろうということが読み取れる。そもそも「漫才」はもともと「万才」と書いたように、「万の才能」と目された部分もあるのだろう。