室内で最も場所を占拠しているのは、何百着という洋服類

室内に流れているラジオが耳障りに感じた。ラジオの音にかき消されて、老婆の返事が聞き取りづらい。音量を調節したいが、ラジオ本体が物に埋もれてどこにあるのか見当たらないのだった。

しばらくして行政の担当者が到着した。片付けが全く進んでいない状況を見てため息をつき、「いらないものは捨てましょうよ……」と、老婆に話しかける。彼女はそっぽを向いていた。

室内で最も場所を占拠しているのは、何百着という洋服類だ。私とFさんは一つひとつ、老婆に要不要を確認しながら「洋服を減らす」ことになった。

撮影=笹井恵里子
生前・遺品整理会社「あんしんネット」社員の大島英充さん(左)と平出勝哉さん(右)

「着るのよ! 子供にもらったものだもの」
「これは私が編んだものよ」
「ブランド品なんだから」

値札がついたままの新品同様の服も少なくない。Fさんが根気よく交渉する。

「世の中には洋服を着ることに困っている人もいます。ここにある物を少しでもリサイクルに回せたら、喜ぶ人もたくさんいるでしょうね」

尿の臭いが漂う毛布類も「暖かいからいる!」

きれいな洋服類はリサイクルに回すことで本人の利益にもなる。しかし老婆はなかなか手渡さない。よくそれだけ理由が思いつくとこちらが感心してしまうほど、「××だから取っておく」と言い張るのだ。

洋服に紛れて、尿の臭いが漂う毛布類まで出てきた。失禁したのかもしれない。それも「暖かいからいる!」と老婆は叫ぶ。それでも衛生上の観点からFさんや行政担当者が必死に説得し、何とか「廃棄物」としてダンボール箱に入れる。

遺品整理の現場であれば、数時間で2トントラックが満タンになるほど、通常はダンボール(廃棄物)の山になる。しかしこの日の午前中に出したダンボールはわずか2箱にとどまった。

昼休み中、Fさんは会社にいる上司に電話をし、「作業が進まない」現状を困り声で相談していた。

しばらくして電話を切ると、Fさんは「よし」とうなずき、「午後は物の廃棄でなく、“整頓”で室内のスペースを作っていく作戦にしましょう」と私に告げる。「洋服」「カバン」など種類別にダンボールに仕分けし、きれいに揃えて並べていくのだ。そして生活に必要な物のみをダンボールに入れず出しておく。これならば物を捨てないわけだから、老婆の了承を得やすい。