「卒業」していく先輩や同期、そして後輩を見送ってきた

入社から10年が過ぎていた。当初に思い描いていた独立や転職について、隈本はどう考えていたのだろうか。

「頭にはありましたが、社内での仕事が評価されている自負も、やりがいもあった。いまも、半年に1度くらいは人事異動があるのですが、あのころは毎月のように異動があった。上司に『それくらいじゃないと社会が変化するスピードに、会社が成長するスピードについていけないぞ』と言われ、私たちもその気になって、必死に新しい仕事を覚えていましたね」

リクルートでは、独立や転職のための退職を「卒業」と呼ぶ。隈本は「卒業」していく先輩や同期、そして後輩たちを見送ってきた。

「悪い意味ではないのですがリクルートには『吸収するだけ吸収して卒業する』と考える山っ気のある人が多いんです。彼らに比べて、私は自分が『こうありたい』とか『こうしなければ』というこだわりが希薄だったのかもしれません」

こだわりがない――。隈本は何度かそう語り、自身の歩みを説明した。

「人間関係だけにこだわって、辞めてしまっても意味がない」

2000年ごろの回想もそうだ。40代半ばになった隈本は、社内ではすでにベテランの域に達していた。

撮影=横溝浩孝

この時期、残っていた同期数人が、次々と「卒業」していった。酒を飲みながら理由を聞くと、原因は上司と部下の関係だったという者もいた。

リクルートでは、後進へ道を譲ることも一つの仕事と考えるカルチャーがある。世代交代のタイミングだと受け止めて、次のステップに移る社員も少なくない。もちろん世代交代のなかで、それまで部下だった社員が上司になるケースもある。

入社から20年たち、会社の規模は大きくなり、社員も増えていった。同時にバブルが崩壊し、景気は低迷した。誰もが望んだポジションをえられるわけではない。

「若い世代と一緒に働いたり、部下が上司になったり……。環境が変わっていくなかで、さまざまな感情が湧く瞬間は誰にでもあるし、自分の向き、不向きに対する気づきもある。ただ、いまこうして振り返ってみると、私自身が年齢を重ねたとき、マネジメントだけではなく、プレーヤーという選択肢があったことがポイントだった気がします。私が楽しい仕事をさせてもらえたからかもしれませんが、ポジションや人間関係、状況の変化以上に、楽しいと思える仕事にひたすらに集中できる環境だったことが、大きかったのではかという気がしているんですよ」