「クマさんは『作戦会議』のような雰囲気をつくってくれる」
いま、隈本自身も年下の上司の下で働いている。
2017年4月、市原華奈子は、隈本がいるリクルートコミュニケーションズ・マーケティング局に配属となる。その半年前に中途入社した彼女にとって、60歳になる隈本は「社内の誰もが知る重鎮」だった。1988年生まれの市原にとって、隈本は父親と同年代でもある。だが、一緒に仕事をしてみると、隈本に対して「まったく壁を感じなかった」。
「誰にでも腹を割って話してくれるから、こちらも相談しやすい。偉ぶったりせずに、世代にこだわらず常に同じ目線で話し合う『作戦会議』のような雰囲気をつくってくれるんです」
1年後、市原のマネージャー昇格により、先輩、後輩という横並びの関係は上司と部下へと変わった。しかし市原は「クマさんは自然体で何も変わらなかった」と振り返る。
すごいな、と思ったのは……と市原は言葉を継いだ。
「クマさんが手がけたAIの仕事があるでしょう。60歳近くになってから、AIのアルゴリズムを学びはじめたんです。若くても躊躇してしまうジャンルですよね。クマさんは、長年、社内で実績を積んできた方です。にもかかわらず、いまもみんなをあっと驚かせるような仕事をしたいと考えているんだな、と」
変化を楽しめたから仕事を続けられた
「AI」とは、いままさに隈本がたずさわるプロジェクトである。
リクルートが発行する雑誌が、過去3年間、どの店舗で、どれくらい売れたのか。数万もの店舗一つひとつのデータを分析し、これからどの店舗で、どの雑誌が、どれくらい売れるのか。AIを使って割り出し、店舗ごとに最適な配本を導き出すシステムである。
隈本が「AI配本」の取り組みを始めたのは、2016年。定年退職を1年後に控えていた。隈本は以前に配本で苦労した経験を持つ。
「これまで小売店への配本には明確なロジックがなく、個人の知見に頼らざるをえませんでした。でも、いまは社内にデータに強い優秀な人材がいる。私の経験にこだわるよりも、彼らを巻き込んだ方が面白いことができると思ったんです」
2017年春、定年退職を迎えた隈本は、嘱託社員として、リクルートに残り、働き続ける道を選ぶ。
いまや、同僚のほとんどが、隈本がリクルートに入社したあとに生まれた若者たちだ。1980年から2020年まで。いや、通信自由化からAIまで……。隈本の口調には最後まで気負いがない。
「人も入れ替われば、自分が手がける事業も変わる。時代や社会の変化とともに社内の雰囲気や、組織のあり方、人間関係も変わっていく。リクルートのビジネスそのものが、時代の変化ともにどんどん刷新されてきたわけでしょう。私の場合は、ひとつに執着せず、変化を楽しめたから、いまも仕事を続けられるのかもしれませんね」