雇用形態を増やし、7人に1人が役場勤めに
私が取材した2017年末時点、村役場の正規職員は130人ほどだった。それに加え、ほぼ同数の臨時職員が働いていた。つまり村民の7人に1人、大家族の中に1人は役場勤めがいるという計算になる。その大半は診療所とフェリー乗り場で働いている。
給与水準は、月額平均約25万円。これは財政再建中の北海道夕張市や人口最小の東京都青ヶ島村よりも安く、全国の自治体の中でワースト3に入る。だが、時短勤務や嘱託など柔軟な雇用形態も増やしながら、ボーナスは正職員と同基準で出している。その上、「出戻り」のシングルマザーも積極雇用するなど、困難を抱える家庭にも手を差し伸べてきた。
そのため、村では官民の所得格差も少ない。ある種の平等主義を徹底したことで、過去の村長選で失いかけた地域社会の調和はすっかり蘇った。
「こうした村主導の取り組みが、(全国屈指の組織力を誇る大分の)自治労さえ島に入れない防波堤にもなった」
そう誇らしげに説く島民にも出会った。
ここはなぜ「住みよい北朝鮮」なのか
「住みよい北朝鮮」
ある村議は、島をそんな一言で表現する。
なぜ「北朝鮮」か。島の民は健康で文化的な最低限度の生活を営むために、選挙による民主主義よりも選挙を行わない寡頭支配を選んだ。無投票による「独裁」、つまり藤本親子による世襲体制を抱きしめたのだ。
ある村議は嘆息する。
「お年寄りは祭りを通して昔を思い出して、『熊雄さんにお世話になったから息子の昭夫さんも支えなくては』という気持ちになる。お弁当を楽しみにしていて、それをタダでもらうだけでありがたいと思ってしまうんだ。祭りの原資は自分で納めた税金なのに、ね」
お弁当をもらって、「村長に世話になった」と錯覚する。地区の行事に補助金が出ても、「世話になった」。村のグラウンドを借りても、「世話になった」。診療所を利用しても、フェリーに乗っても、「村長に世話になった」……。
感謝の気持ちは、往々にして負い目に反転する。村民の「心」を支配する。つまり、村長としての活動は事実上の選挙運動になってきた。
「自分の家族が就職でお世話になって役場に勤めているから、誰もが村長には逆らえないと思ってしまう」
史上初めての対抗馬となった藤本敏和は、誰も口にすることはできない村の実情をこう明かす。
昭夫は助役や副村長を置かず、村長1人で全権を掌握するワンマン行政を理想としてきた。ナンバー2を作らない。後継者を育てようともしない。すなわち、ライバルは生まれず、寝首をかかれる恐れもない。これも古今東西の為政者が心がけてきた権力維持の定石だ。