マスク相場は下落を続け、ついには路上販売をするはめに
「そのときにはマスク1枚当たりの最安値は30円以下になっていました。完全に原価割れです。この頃、『原価販売』をうたうマスクが複数登場したことも、相場下落の一因になったと思います」
しかもこの時点では、マスク5万枚の仕入れにかかった約200万円のうち、110万円ほどしか回収できていないのだ。「このままいけば赤字確定となってしまう」と思った高山さんは販売戦略を転換した。
「ECサイトでの販売を諦めました。ネット上だと価格の比較が容易なので、最安値にしなければなかなか売れないからです。ECサイトの販売手数料もバカになりませんし。そこで始めたのが路上販売です。送料もかからないので、買うほうもお得感があると思ったんです。
実家の軽バンを借りてトランクルームに商品を載せ、山手線の主要駅の周辺で1箱2500円(税込み)で販売することにしました。1箱当たりの儲けは500円以下になってしまいましたが、赤字だけは避けたかったので必死でした」
しかし、これにも誤算があった。
「その頃はまだ緊急事態宣言下で、駅周辺といっても人通りもまばらでした。午前中は『マスクを忘れてきた』といって買ってくれる人が1日に何人かいましたが、4~5時間路上に立っても1日に5~6箱売るのがやっとでした」
そんな調子でも路上販売を続けていた高山さんだったが、5月25日に首都圏の緊急事態宣言が解除されると、状況は好転した。
「人通りが街に戻ってきて、売れ行きは目に見えてよくなりました。特に売れたのが、新橋駅や神田駅の周辺です。その頃には、ネットだと1箱1500円も出せば買えたと思うんですが、オジサンたちはマスクの相場なんか知りませんから。夜、お酒が入ったサラリーマンも狙い目でした。まとめて買ってくれる人には値引きをしたりもして、1日に40箱ほど売れたこともあります」
ちなみに路上での物販は警察への許可が必要なはずだが、問題はなかったのか。
「何度かお巡りさんが近くを通ることはありましたが、注意を受けることはありませんでした。ただ、上野駅で一度、怖そうなオニイサンに『誰に挨拶してここで商売しとるんや!』と凄まれたことはありましたが、『密』を警戒してか、一定以上近寄ってくることはなかったので、そのまま移動して事なきを得ました」
42万円ほどの黒字になったが「二度とやりたくない」
こうして高山さんは、6月中にすべての在庫を売り切り、最終的な収支は42万円ほどの黒字となったという。しかし、その労苦を考えるとけっしておいしい仕事とはいえず、高山さんは「二度とやりたくない」と漏らすのだった。
事業規模が小さすぎたことや、ビジネスとしてのそもそもの詰めの甘さも、高山さんの敗因の一部かもしれない。
しかし、中国での発注から納品までの間に、日本のマスク相場が予想以上のスピードで下落していっていた点や、中国当局による突然のルール変更に翻弄されるという点は、中国製マスクを日本で販売していたすべての業者に共通する点である。
多くの“ナゾノマスク”販売業者は、「暴利をむさぼる」というほどではなかったのかもしれない。そうなると、「パンデミック・プロフィティアーズ」(パンデミックに乗じて暴利をむさぼる者)は、さらに「川上」にいるということなのだろうか。だとすれば、中国国内のマスク業界の事情に迫る必要がありそうだ。