幾何学的発想なしには生まれなかった「点」という概念

【田中】先ほどダ・ヴィンチが建築家の透視図法を発展させたという話がありました。彫刻や建築は結果として3次元の立体をつくるために、そのプロセスとして2次元の透視図法で図面を描くわけですよね。図面がおかしいと立体の建造物が狂ってしまう。そこで透視図法が発展したのはよくわかります。

これに対し、ダ・ヴィンチは結果として2次元絵画で3次元の立体を正確に描くため透視図法を用い、そこにわざと遠くをぼんやりさせる空気遠近法を組み合わせた。かなりのこだわりをもって遠近法を磨き上げたわけですね。それを実現するためには芸術の技だけでなく数学が必要だったと。

【山本】一点透視、二点透視、三点透視の発展にある「点」「線」「面」はもともと幾何学の発想です。点も線も抽象的な概念で、現実には面しかありません。点を描いたとしても拡大すると面になるでしょう。だから僕たちの世界には点はないんですよ。それから線もない。

実験や実証性を通して抽象的なものを理解した

【山本】僕は、ダ・ヴィンチの面白いところは数学という抽象的なものを、実験や実証性によって体現したことだと思います。例えば、ダ・ヴィンチは人体の解剖をしていますよね。でも、当時は解剖をすると犯罪になってしまうので、生きた人間ではできない。死体を自分のアトリエに運んでこっそり解剖したわけだから、彼は物理的な実験とすごく関わりが強いアーティストなんです。

数学者も実験をするようになったのはガリレオ・ガリレイあたりからでしょう。そういう実験とか実証性みたいなものはダ・ヴィンチがもっている科学とアートの接点みたいなことだと思います。

【田中】そのような科学とアートの接点を見いだす試みは、いまも行われているのですか?

【山本】現代美術がいまやっているインスタレーションは、ある意味で実験に近く、人間の身体を使った実験で世界を表すことが、現代美術の最先端になっています。ダ・ヴィンチがやっていたことが、いまの最先端になっているというのは面白いですよね。

それにアートという言葉は、ラテン語だと「技術」というか、どちらかと言うと抽象性よりも具体的なことを指していた言葉みたいだから、その数学的な抽象性と現実との間で何か結びつけるような実証というのがアートに求められているんじゃないでしょうか。

【田中】レンブラントにも《テュルプ博士の解剖学講義》という解剖の風景を描いた有名な作品がありましたね。やはり実験とか解剖によって科学の領域に入っていこうとするアーティストはいつの時代にもいるんですね。