いまは高校生らしい生活をさせてあげたい

2019年、北海道の人気観光地、小樽市にある北照を訪ねた。取材対応をしてくれたのは、謹慎3カ月の処分を受けた上林弘樹元部長、チームを甲子園まで導いた現監督である。上林は言う。

元永知宏『野球と暴力 殴らないで強豪校になるために』(イースト・プレス)

「私も北照OBです。長く部長をつとめていながら、こんな不祥事を招いてしまった。処分を受けたことも含めて、大いに反省しました。それまでも私は、部長として野球部に関わりながら、いいことも悪いことも含めて、いろいろなことを見てきました。いまの時代に合った、周囲の方に応援していただける野球部にしようというところから、活動が再スタートしました」

8度の甲子園出場を誇る強豪校には、長く続いたルールがある。指導者と選手、上級生と下級生の関係すべてを白紙にして、改めてつくり直すことは簡単ではなかっただろう。2016年12月にチームの謹慎処分が解け、2017年1月に上林が監督に就任し、新しい試みが始まった。

「初めに生徒と話をしたのは、野球以外の部分です。野球部を組織としてどう変えていくか。それを第一に考えました」

まず、練習への取り組みを大きく変えた。以前は休みがほとんどなく、24時間野球漬け。1年間365日のうち、360日も練習に明け暮れていたが、週に1日はオフにして、年末年始の休暇を2週間ほど取ることにした。

「もちろん、しっかり練習するときはしますが、休むときは休む。野球と普段の生活をきっちり分けて、しっかりプライベートの時間もつくっています。そうしてあげないと、選手はストレスを溜めてしまいますから」

栄養への考え方も大きく変わったし、休養にも気を配っている。

「食べ物の指導もしますし、選手の疲れ具合を見て、『今日の午前中は寝といていいよ』と言うときもあります。昔は野球、野球でしたが、高校生らしい生活をさせてあげたいと、いまは考えています」

昔と同じやり方でいいはずがない

もともと男子校だったこともあり、上下関係は厳しかった。1979年生まれで、北照OBでもある上林も暴力の洗礼を受けたひとりだ。

「先輩のあたりもキツかったですし、指導者も厳しかった。でも、私たちの時代は当たり前。どんなに練習が厳しくても、うまくなりたい、甲子園に出たいと思って耐えました。それが、当時の高校野球の常識だったと思います。私はキャッチャーだったので、特にキツい指導を受けることが多かった。でも、同じやり方がいいはずはありません。自分自身の経験、これまでの失敗を反省し、いいことと悪いことの取捨選択をしました。昔は選手が野球部のやり方や指導者に合わせていたけど、いまは逆ですから。子どもたちに合わせて、こちらが変化しないといけない」