極端に警戒心が強いネコであれば、その状態で動かずに数週間同じ場所にとどまっていることもあります。そこが安心できる場所であれば、その場所を起点にして行動し、何かあればすぐに駆け込むといった行動パターンも見せます。

私も同じようにして、右回りに自宅建物に沿って歩きます。ネコが潜みそうなすき間、隠れ場所を見つけては確認していきます。でも奥さんが言うように、敷地内にはたいちゃんの姿や痕跡は見つかりません。

となれば、近隣の家を一軒一軒まわって捜していきます。ただ、いつもとは勝手がまるで違うのです。なにしろ超高級住宅街ですから、どのお宅もずば抜けて大きいのです。門の入り口に警備員がいるような物々しい家もあり、玄関に立つだけで気後れしてしまいます。

こんな場合に頼りになるのは飼い主さんです。奥さんと一緒にご近所を訪ねては、ピンポンとブザーを鳴らします。昼間は留守にしている家も多い一方、インターフォン越しに話すことができたら、こちらの事情を伝えます。

外に出たことがないため自宅が分からないのかも

「うちのネコがいなくなってしまって、ご近所を捜しているんです。ちょっとお宅を見せて頂けませんか」

切羽詰まった奥さんの声を聞いて、家の敷地内へ入れてくれる人もいました。どこも広い庭があり、植え込みや軒下をくまなく捜してまわります。そうして一軒一軒潰していくのですが、迷い猫の姿を見かけたという目撃情報はありません。

住宅街の道路も捜します。排水溝を覗いたり、ネコが好みそうな物陰があれば潜ってみたり、とにかく目につくところはもれなく確認していきます。それでもたいちゃんは見当たりません。住宅街の裏手は小高い山になっていて、草むらの奥に潜んでいるのではと登ってみましたが、ここでも見つかりませんでした。

どうも、近くにはいないようだ。

年齢から考えると、たいちゃんは人目につかない物陰やどこかの庭先に隠れているという予想でしたが、少し違ったようです。外に出たことがないため、自宅の位置が分からずに戻って来られないのかもしれない。迷子になってしまっているのかもしれない。

歩くのもおぼつかないというたいちゃんは、機敏に身を隠すことはできません。ならば豪邸の門が連なる表通りをうろうろ歩きながら、自分の家を探している可能性もあります。

「たいちゃんはもう少し遠くにいるかもしれませんね」

私は用意したチラシを投函しながら、たいちゃんが歩きやすそうなルート、冷たい風を避けられる場所、ふらふらと歩いて落ちてしまっているかもしれない排水溝などを確認し、捜索の範囲を広げていきます。

日が落ちて夕闇が迫ります。でももしかすると、誰かがたいちゃんの姿を見ているかもしれない。チラシを見た方からの情報提供にも望みをかけます。