中東を武力で押さえ込もうとしても簡単には収まらない
宗教と民族が複雑に入り組んだ中東を武力で押さえ込もうとしても簡単には収まらない。民主主義を押しつけても、マジョリティに支配させれば必ずイスラム政権が生まれ、反米に傾く。世界最強の暴力装置と世界最強の情報力を持ちながら、それをアメリカが理解していないことが問題なのだ。それでも暴力装置のスイッチは、これまではわりと慎重な軍事のプロや官僚が握っていた。しかし、そうした人材はトランプ政権の中枢から次々追い払われて今やゼロ。イスラエル寄りのファミリー&フレンドで固めたトランプ政権のリスクが、今回まさに顕在化したと言える。
「戦争を始めるのではなく、戦争を止めるために殺害した」とトランプ大統領は主張するが、ソレイマニ司令官を失ったイランは3日間喪に服した後、報復を宣言。トランプ大統領はイランの報復があれば「イランの52カ所を標的にする」とツイッターで牽制した。「52」は1979年にイランの首都テヘランで起きた米大使館人質事件で人質になったアメリカ人の数というだけで、具体的な根拠がある数字ではないらしい。「イラン文化にとって歴史的に重要な場所も含まれる」などと脅かすから、ユネスコ(国連教育科学文化機関)から抗議を受ける始末だ。
イランは20年1月8日、イラクにある駐留米軍基地2カ所に弾道ミサイル十数発を放って報復攻撃に出た。報復合戦がエスカレートしていよいよ本格的な開戦かと世界中が固唾をのんで見守る中、トランプ大統領は「アメリカ人の犠牲者は1人も出なかった。基地の被害も最小限度にとどまった」として軍事的な報復行動を取らず、対抗措置としてイランに新たな経済制裁を科すことを表明した。また、ソレイマニ司令官の殺害で渦巻いていたイランの反米デモは、革命防衛隊によるウクライナ民間機への誤爆でイラン側が陳謝するに至り、勢いは削がれてしまった。
ひとまずこれで沈静化し、トランプの誤判断からあわや全面衝突か、という最悪のコースは避けられそうだが、トランプリスクは今後もついて回る。ロシアと中国がイラン支持を表明したことで、「第3次世界大戦」の勃発を危ぶむ声も聞かれる。実際、19年末にはインド洋やオマーン湾でイラン、ロシア、中国の3カ国による共同軍事演習が行われている。
もし第3次世界大戦が勃発すれば、それは核戦争になる。核戦争の危険性などを評価して終末までの残り時間を示す「世界終末時計」が、20年に入って過去最短の100秒を切ったというニュースもあるが、肝試しの段階まで追い込まれる可能性はあっても、冷静に考えれば第3次世界大戦に発展することはないだろう。