「自分を崩したやつが負けていくんだ。自分のレースをすればいい」

また、女子ソフトボール日本代表監督としてシドニー五輪で銀、アテネ五輪で銅メダルに導いた宇津木妙子氏は試合に臨む選手たちにこう語った。

「自分を信じ自分のためにやりな。それがチームのためになるんだよ」

試合を前にすると選手はどうしてもいろいろなことを考えてしまう。国民の期待、ライバルの調子、チームに迷惑をかけないか……。その一つ一つがプレッシャーになり、本来の実力が出せなくなる。

2人の指導者が意識させたのが“自分のため”だ。平井コーチの「自分のレースをすればいい」も宇津木監督の「自分のためにやりな」も、自分のためと思えば、余計なことを考えずにプレーに集中できる。

リオ五輪で全階級メダル獲得を果たした柔道男子日本代表・井上康生監督も「メダルは気にせず、自分がやってきたことを精一杯出してほしい」と言って選手を送り出した。“自分”はメダル獲得を目指す選手のプレッシャーのもとになる雑念を振り切る魔法の言葉なのかもしれない。

選手でも指導者でも金メダルを経験

選手と指導者の両方でメダルを獲ったことがある人は、その辺の機微がわかるに違いない。バルセロナ五輪の柔道で、大会直前に負った左ヒザの故障を克服して金メダルを獲り、アテネ五輪では指導者として教え子の谷本歩実を金メダルに導いた古賀稔彦氏に選手にかける言葉の重要性を聞いた。

「私が選手時代、大事にしてきた言葉は“決心”です。中学入学時に五輪で金メダルを獲ると心に決め、佐賀から東京の講道学舎に入りました。その時点で目標達成のためにはどんな厳しい稽古にも耐える覚悟はあったのですが、講道学舎の創設者、横地治男先生から“試合に臨むときは命がけで戦い勝つ、という決心をしろ”と言われ、金メダルへの意志がさらに強固になりました」

古賀氏は現役引退後の2000年、アテネ五輪を目指す柔道女子日本代表チームのコーチに就任。当初は自分が受けてきた指導と同様、厳しく重い言葉で選手を引っ張っていこうとした。

「ところが、選手たちは“はぁ?”という感じで言葉を全然受け入れてくれないんです。今の子、とくに女子には、そういう言葉は全然響かないんだなと思いました」

しかし同チームの吉村和郎監督には選手も心を開いて指導を受けている。そこで古賀氏は吉村監督の接し方を観察したという。

「指導者は上から目線で自分の考えを押しつけがちです。でも、吉村先生は日常的に“どうした?”と問いかけ、選手の話を聞いていたんです」