率直にうれしかった。が、ただ喜ぶだけでは銀行マンとして意味をなさない。社長からの信頼を勝ち得、さらに密接な関係を築いていった。ついに懸案の融資実行にこぎつけたのは同社が無事に上場を果たした後のことだ。その後、社長は、ずっとみずほをメーンバンクにすると約束してくれた。
「あのとき、『ウチはできません』と言っていたら、すべて終わっていた。何とかしようと思って動いたのがよかった」
顧客訪問は1回目が勝負どころだと鈴木さんは主張する。実際、初回は2~3時間費やすケースが少なくないという。
「初回で話すことは『鈴木の意見』ですが、『持ち帰って検討します』と言ってしまうと、再訪する際は『みずほの意見』となってしまいます。したがって、初回にお会いしたとき、ある程度、自分の頭で提案の輪郭とキモとなる部分の可能性を描いておくことが大切なのです」
相手企業に対して、自分流のデッサンを存分に描けるチャンスは初回のみという考えだ。銀行の業務的に言うと、「初回訪問の際には稟議書が頭の中にできあがっている」ということになる。
また法人取引では多くの場合、中長期的なビジョンと、短期的な利益の両方を追いかけなければならない。それを実感した鈴木さんは、融資実行の目標を達成した後も、さらなる可能性へと全力疾走する日々を送ることになる。家庭を顧みず、妻が病気になっても頓着しないほど、出勤また出勤の連続だった。
そしてある日。いつもどおり夜遅く帰宅した鈴木さんを待っていたのは、真っ暗なからっぽの家だった。そこにいるはずの愛する妻と子供の姿はない。
ついに妻が愛想をつかし、子供を連れて実家に帰ってしまったのだ。元同僚で、銀行の業務や生活パターンを熟知しているはずの妻ですら、当時の鈴木さんの働き方は尋常でなく理解できなかった。
それから1年、休日は妻の実家にひたすら通う日々を送ることになった。事情を知った同僚たちには随分慰められ、助けられた。「一体何を考えているんだ」と厳しい言葉をかける人もいた。表彰されるほどの地位に上り詰めた一方で、何のためにそこまで働いたのか、改めて考える日々が続いた。