全方位に一礼、拍手で手が痛む

しばらく進むとまた鳥居が現われ、再び一礼。神楽殿を横に眺めながら、豊受大神宮御正宮の前に辿り着いた。脇に立つ衛士に「おはようございます」と挨拶し、鳥居(板垣南御門)に一礼。中に入ると、正面には白いとばりが垂れている。

その奥にある御正殿がうっすらと見えるようで、その気配に二礼二拍手一礼。退去しようとすると脇に小屋(宿衛屋)があり、覗くと中に神職が座っている。驚いて一礼。さっきの衛士にも一礼し、振り返って鳥居にも一礼。何やら全方位に一礼するようで、私は後から来る参拝者たちにも礼をした。

中には「これはこれは」とわざわざ足を止めて深々と礼を返す人もいて、礼に対してもう一回礼。それを見た人にも礼をされてまた一礼。まるで法要の席のようで神にも人にも畏まってしまうのである。

神域には他にも風宮かぜのみや多賀宮たかのみや土宮つちのみやなどの別宮と下御井神社しものみいのじんじゃがある。まず風宮に参って二礼二拍手一礼。親戚回りと同じで、風宮だけを参るのは失礼に思え、結局私はすべての宮を巡ってそれぞれに二礼二拍手一礼した。

「俺」のせいで人垣ができる

これだけ叩くとまことに畏れながら手が痛い。さらに徹夜明けのせいか頭がふらふらする。神域を浮遊するような足取りで正宮の前に戻ると、若いカップルが大木の下で地面に手をかざしていた。

——それは何なんでしょうか?

私がたずねると、女性が爽やかな笑顔で即答した。

「パワースポットです」

——パワースポット?

注連縄で囲まれた中には3つの石。正式には「川原祓所かわらのはらいしょ」と呼ばれるお祓いの場所らしいのだが、いつの間にかパワーをもらえるパワースポットになっていたのだ。

——手をかざすと……。

「巫女も見えるらしいんです」

——マジっすか?

私が驚くと、彼女は素早くスマホで検索し、指を走らせながらそれ以外の効能も教えてくれた。早速、私も手をかざしてみたのだが、特に何も感じない。