在職老齢年金を未来志向で見直す

冒頭で指摘したように、少子高齢化・長寿化が進むもとで、“より高い賃金で”“より長く働く”ことを促すことが、今後の年金制度に求められる要点であるとの観点からすれば、在職老齢年金をどうするかは、来年の制度改革の大きな焦点である。

ここで在職老齢年金とは、60歳以降で勤労収入がある場合に、給与と年金の合計が一定金額を上回れば、年金が減額される仕組みのことである。この制度は働いて収入が増えれば年金がカットされるため、シニア就労のディス・インセンティブになる面がある。

働いて繰り下げ支給(年金受給開始年齢を65歳以降に遅らせること)を選択した場合にも、支給停止分は上乗せされない。シニア就労促進という観点から純粋に考えれば、在職老齢年金制度の廃止が望ましいといえる。

もっとも、この制度が創設された趣旨は、世代間の公平性を図るため、会社役員など高所得者の年金をカットし、その分、将来世代への年金給付余力を高めるというものである。この観点から、在職老齢年金制度の廃止に反対する意見も多く聞かれる。

しかし、繰り返しになるが、少子高齢化・長寿化のもとでは、“より高い賃金で”“より長く働く”ことを促すために年金制度に何か求められるか、という視点がやはり重要ではないか。この点からすれば、やはり在職老齢年金、とりわけ65歳以上の「高在老」の見直しは必要と考える。現状、「高在老」の就労抑制効果は十分には実証されていないが、その未来を展望すれば、見直しが必要である。

まずは基準金額の小幅引き上げからスタート

10年~20年先に、60歳代が現役並みに活躍することが一般化した時に、そのディス・インセンティブにならないように、あるいは逆にそれを促すという意味から、制度改正を行うというものである。ただし、世代間公平の視点も重要であり、全廃ではなく、年金の支給停止が行われる収入の基準額を引き上げるというやり方が妥当といえよう。

問題は、その基準額をどう設定するかであるが、60歳代の平均的な元気なシニアの活躍を阻害するものであってはならない。より具体的には、現状は現役時代から大幅にカットされている賃金水準が適正化された後に、フルタイムで働いた場合でも、収入がカットされない水準に設定するべきである。

ちなみに、財政検証でのオプション試算では、在職老齢年金の廃止は所得代替率を下げる要因となっているが、これは賃金水準の適正化や就業率の上昇を加味していない試算である。シニアの活躍が促されば、所得代替率へのマイナス影響は小さくなり、ゼロに近づく可能性もある。

ただし、そうした状況が現実になるには一定の時間がかかるし、財源の問題もある。したがって、当面は小幅引き上げというのが現実的であろう。しかし、中長期的には基準額を十分に引き上げ、それに伴う年金財政へのマイナス影響は、別途、公的年金等控除を徐々に見直す形での高所得層への増税で相殺するべきである。政府・与党は「高在労」の基準額を据え置く方向との報道がされているが、個人的には、厚生労働省が11月中旬に示した基準額51万円(現状は47万円)というところから始めて、10年後には60万円程度(※3)に引き上げるというのが妥当だと考える。

以上のような制度設計により、在職老齢年金の縮小は、批判されているような現在の高齢富裕層を優遇するためではなく、健康寿命が伸びるであろう将来の高齢者すなわち現在のミドルや若手世代の平均的な人々が、より長く働いて活躍し続け、充実した老後生活を過ごせる環境を整備するため、という趣旨が明確になると考える。

ただし、ここで強調しておくべきは、シニアの就労・活躍を進めるための本丸はあくまで雇用・賃金制度の改革であり、年金制度にはそれを側面支援するに過ぎないことである。

(※3)10年後には、賃金カーブの形状として、60歳代後半の月給(定期給与)が50歳代後半程度に引き上げられ(賞与は60歳代前半並みに増加を想定)、今後年平均2%の賃上げが行われるとすれば、60歳代後半の年収の月当たり平均は55万円弱となる(厚生労働省「賃金構造基本調査」、平成30年の一般労働者のデータを用いて試算)。これに、65歳以上の在職受給権者全体の平均年金額(報酬比例部分)7.1万円を足し合わせば、62万円弱となる。

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