財政検証ケース4の蓋然性が高い
もっとも、ここで反論が予想されるのは、労働分配率が低下傾向にあるという事実である。その場合、労働生産性の伸び率が伸びても名目賃金がほとんど伸びない場合が有り得る。しかし、長期的には、その水準は一定程度低下すればそれ以上は下がらないと考えるのが自然である。なぜならば、労働分配率が低下する過程ではマクロでみた需給バランスが崩れ、需要不足から経済が縮小均衡に向かうからだ。
そうなれば国民の不満が高まり、民主主義国家のもとでは修正の動きが始まる。実際、労働分配率の低下傾向が長らく続いた米国では、ここにきて株主資本主義の見直しや格差是正に向けた政治的な動きなど、資本・労働間の分配バランスを修正するベクトルが働きはじめている。わが国でも賃上げの必要性が謳われ、政府がその方向性に向けた政策的な取り組みを始めているのも、同じ潮流に沿ったものといえよう。
こうしてみれば、労働分配率を一定と考え、名目労働生産性上昇率と名目賃金上昇率は長期的にはほぼ同じペース、すなわち、2%とみることはおかしくはない。そうした意味では、名目賃金上昇率(物価上昇率+賃金上昇率)が2.1%であるケースIVが最も蓋然性が高いということになる。この場合はマクロ経済スライドの終了時期は2053年で、その時点の所得代替率は46.5%となり、黄信号が点滅している形である。
ただし、6通りのシミュレーションは予測ではなく文字通りシミュレーションであり、併せて示された「オプション試算」によれば、被用者保険の適用拡大や基礎年金の拠出期間延長といった施策により、所得代替率を50%超に持っていくことは可能であり、現状で過度に年金財政の危機を煽るのは妥当ではない。
しかし、これまでの議論の前提になっている労働分配率を一定に維持することは、自然に起こるとは言い切れない。そこには、ステークホルダーの「意思」が必要であり、政策的な取り組みも求められる。その意味で、安倍政権下で取り組まれている賃上げ誘導策は前向きに評価されるべきだが、成果は十分ではない。
持続的な賃上げは、そもそも国民生活水準に直結することでそれ自体が最優先課題といえるが、年金制度の観点からも、有効性のある形での賃上げ誘導策の必要性が示唆されるのである。私見では、今回の財政検証が物語る最も重要な政策的インプリケーションは、賃上げ実現に向けた対応策をより包括的に講じることにあるというものである。