農村では「米」をもちよることもあった

葬式の際に、香典をいただいたら、お返しをする。そうしたしきたりが、今では定着している。お返しは、基本的に「半返し」とされ、香典の額の半分を、遺族は品物を選んで届けることになる。最近は、カタログが送られてきて、そのなかから選ぶというやり方も多くなった。

香典は、「香奠」とも書かれ、仏教用語とされる。仏教関係の辞典にも、「香奠」の項目があり、「香資(こう し)」「香銭(こう せん)」とも言い、奠には、すすめる、そなえるの意味があるとして、次のような説明がなされている。

「原義は仏前または死者の霊前に香をそなえること、またその香物。現在では、香を買う資金または香の代品という意味で、親戚や知人がもちよる金品を意味することが多い。農村では米などをもちよることもあった」

その上で、香典返しについては、次のような説明が加えられている。

「葬儀や法事で施主はまとまった出費がかかるため、まわりの者はその一部にと香奠を提供するので、仏事が終わり余りが出れば、香奠返しをする。また仏具などを買って菩提寺に寄進する」(『岩波仏教辞典』)

この説明で注目されるのは、香典返しは必ず行われるものではなく、葬式を出して、香典が余った場合に行われるとされていることである。ということは、余らなければ、しないものであり、する必要がないということにもなる。

本来は経済的な負担を軽くするためのもの

香典が、葬式を出す遺族の経済的な負担を軽減するために行われるものであるなら、本来、香典で全体の費用がまかなえない場合には、お返しをする必要はない。ところが、今のしきたりでは、余りが出ようと出まいと、お返しは必ずするものとなってしまった。

塩月弥栄子の『冠婚葬祭入門』は、最初にふれたアルバイトが行われていたよりも前の1970年の刊行なので、香典返しについては、「香典は、他家の不幸に同情し、相互扶助的な意味もあって贈られたのですから、感謝の挨拶状だけでもよいのです」と述べられている。

香典返しは、業者の手を通して行われる。半返しなら、香典の半分は遺族にわたっても、残りの半分は業者の手に入る仕掛けである。カタログなど、さほど欲しいものが選べるわけではなく、いつの間にか忘れ、期限が過ぎてしまう。そうなったとき、果たして残金は遺族に返還されるのだろうか。

これは、どう考えてもおかしなしきたりである。

では、そこに疑問を感じて、遺族が香典返しをしないということはあるのだろうか。また、できるのだろうか。

そこはなかなか難しい。

もちろん、香典返しがこなかったからといって、香典を出した側が抗議をすることはないだろう。だが、人は意外にそのことを覚えているものだ。

「あの家は香典返しもしない」

そんな評判を立てられても困る。そう考える人も少なくないだろう。