「決して『35分の1』ではない」と訴えた遺族の思い

沙鴎一歩は「原則実名報道」には賛成の立場だ

報道機関は実名報道を原則にしている。沙鴎一歩も「原則実名報道」には賛成である。

ニュースは「いつ・だれが・どこで・なにを・なぜ・どのように」という5W1Hが基本だ。そのなかで一番の要は「だれが」である。それがA君、Bさん、C氏という匿名だとすれば、ニュースの信頼度は著しく損なわれる。

京アニ放火事件は死者35人という前代未聞の惨事だった。しかも事件現場は世界に知られるアニメ制作会社だ。国内外のファンからお悔やみの声が数多く届いた。著名なアニメーターも犠牲になった。

写真=時事通信フォト
記者会見する石田敦志さんの父・基志さん=2019年8月27日、京都市伏見区

8月27日に京都府警伏見署で記者会見した遺族の石田基志さん(66)は、「決して『35分の1』ではない。ちゃんと名前があって毎日頑張っていた。石田敦志という31歳のアニメーターが確かにいたということを、どうか忘れないでください」と話した。その言葉が忘れられない。

匿名のままでは周囲に事件を知らせることすら難しい

そのニュースの意味を伝えるには、どうしても名前を記す必要がある。A君、Bさん、C氏という匿名では、実在の人物だったというイメージが湧きづらい。ましてや事件の再発を防ぐには、社会全体で事件を共有する必要がある。匿名では事件を共有することが難しくなる。

遺族の意向は重要だ。だから遺族が実名公表を拒否した場合は、対応が難しい。事件の傷が癒えない段階で、遺族の気持ちを逆なでするような報道は慎むべきだろう。

一方で、どこまでが遺族なのかという問題は残る。たとえば離婚家庭の場合はどうするか。職場の同僚や長年の取引先、熱心なファン、学校の先輩や後輩……。匿名のままでは事件を知らせることすら難しい。