どんな撮影でも「役者の演技」だけを見る
わたしは『鉄道員』『ホタル』『単騎、千里を走る。』『あなたへ』の撮影を見学した。『鉄道員』は毎日のように大泉の撮影所を訪ね、ロケもすべて見た。
どんな撮影の時でも、カントクは終始、役者の演技だけを見ていた。キャメラの横にモニターはあったけれど、カントク自身は一度もモニターを見なかった。
どうしてと思ったので、聞いた。
カントクは言った。
「僕はモニターは見ません。ラッシュまで見ないことにしています。今の人たちはみんな見てますね。それは俳優さんの芝居の質よりも、どういった画面になったかが気になるからでしょう。演出者として、画面に気が行っちゃってるんでしょうね。でも、僕は画面を気にするのはキャメラマンの仕事だと思っているから、俳優さんの演技を見ることにしています。うん、昔風の演出なんです」
カントクはNGを出す。それは画面の映り具合がダメなのでなく、俳優の演技がいまひとつだからだ。俳優にとっては、「キツイ」ことかもしれない。
それでも、カントクは「もう一度、お願いします」と指示を出す。そして、たとえ高倉健であっても、カントクから「もう一度」と言われたら、素直にやり直す。
俳優の演技を「やさしい目」で見ている
それはカントクが俳優の演技をやさしい目で見ているからだ。大半の俳優はカントクがカメラ写りでなく、演技の質を求めていることをよく知っている。
「俳優さんが一回目からちゃんと演技するのは難しいことだと思います。演技は裸の人間がやっていることです。動きや声を発するのは、撮影が始まったばかりでは難しいんです。やろうと思ってから、肉体がいうことを聞いてくれるまでには時間がかかる。ですから、初回から、気の入った演技ができなくても、それは仕方がないことだと僕は思います」
ここまでやさしく見守っているカントクなのに、なかには「もう一度」と指示しても、演技しようとしない女優もいるらしい。
一応、わたしは「誰ですか?」とたずねた。
「ああ、『どこが悪かったのか教えてくださいっ!』って答える人ね? うん、○○○○さん」
「ありがとうございました」
あ、この女はゴネるやつなんだとわたしは妙に納得した。カントクはこう言う時、はっきりと教えてくれる。気持ちがいい。
そして、カントクは撮影の間じゅう、ずっと俳優の演技と表情を見ている。