景気に大きなインパクトなし

以上の試算については幅を持ってみる必要がある。上振れ要因としては、紙幣や硬貨、ATMや自販機の単価が上昇すること、あるいはATM/CDや自販機の買い換えが予想以上に起こることが考えられる(前々回の84年の時にはATM/CDが普及する初期段階だったこともあり、新規需要が相当数あった)。

また、今回は効果が不透明なため考慮していないが、タンス預金がはき出される効果や、新札・硬貨発行を記念して、百貨店、スーパー等がセール等を行うといったイベント効果も考えられ、これも上振れリスクとなろう。

一方、下振れ要因としては、先にも触れたとおり、キャッシュレス化の進展に伴い紙幣や通貨の流通量が減少する可能性がある。また、金融機関や飲料メーカー、中小企業等はコスト負担を強いられることになるため、こうしたところが他の設備投資を縮小することも考えられる。さらに金融機関では、このコスト負担で収益性が低下することが予想されリスクをとる能力が落ちるため、金融仲介機能低下の経路を通じて実体経済に悪影響を及ぼすことも否定できないと思われる。

なお、政府は今回の新紙幣により、総額50兆円とも言われるタンス預金のあぶり出しや、企業に改修コストを負担させることでATMや自販機設置の抑制を促し、キャッシュレス化を加速させる狙いもあるとの意見もある。一方、消費者の新紙幣使用や保有のニーズが強まれば、キャッシュレス進展の弊害になる可能性もあるだろう。

しかし、いずれにしても新紙幣・硬貨発行の特需に景気の方向性を左右するほどのインパクトはないだろう。上述の通り、一定の需要拡大効果は見込めるものの、直近2年程度で経済成長率を最大で+0.1%ポイント程度押し上げる程度だ。経済成長率の変動を見れば、年度直近の2017年度が+1.9%であったのに対して、消費税率引き上げが行われた2014年度が▲0.4%と、景気が循環する中での成長率は大きく変動することが想定される。したがって、仮に経済成長率が+0.1%ポイント程度押し上げられたとしても、景気局面に大きな影響を与えるようなインパクトはないものと思われる。

ただ、そもそも新札発行の最大目的は経済効果ではなく、偽造防止のために定期的に実施されるものである。なお、今後の日本経済を見通せば、10月に消費増税も控えることもあり、前回1964年東京五輪と同様に東京五輪も1年前の2019年秋頃から建設特需のピークアウトで悪くなるだろう。

しかし、前回東京五輪開催6年後の1970年に大阪万博開催同様に、今回も5年後の2025年に大阪万博を控えている。このため、五輪前からの景気悪化は比較的軽微なものにとどまり、2025年に向けては大阪万博特需がメインとなるだろう。そして、2024年にかけて発生する新札特需はその脇役にとどまることになろう。

<参考文献>「1万円の製造コストは20円?額面以上の通貨は「○円」」ZUU online編集部2016年7月29日

永濱 利廣(ながはま・としひろ)
第一生命経済研究所経済調査部 首席エコノミスト
1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。
(写真=iStock.com)
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