一度受け入れると戻れない「禁断の果実」

ちなみにこの幹部の学校も日中文化芸術専門学校と同様、経営者は在日中国人だ。幹部のもとには、留学生の受け入れを思案している専門学校から相談が届く。日本人の学生不足がとりわけ深刻な介護関連の専門学校からの問い合わせが多いという。

出井康博『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)

「留学生たちは出稼ぎ目的で、ビザ更新のためだけに専門学校に進みます。勉強する気などない。そんな留学生を受け入れれば授業の質は落ち、日本人の学生はさらに減ってしまう。学校にとって留学生は“禁断の果実”なんです。ひとたび受け入れれば、後戻りはできない。相談を受けた際には、そう説明するようにしています」

偽装留学生の受け入れによる定員超過は、「留学生10万人計画」の時代にも似たような事件があった。最も知られているのが2001年に発覚した「酒田短大事件」である。

当時、東京の都心に「サテライトキャンパス」と称する分校を構える地方の短大が目立った。偽装留学生を受け入れたくても、地方にはアルバイト先が乏しい。そこで都心に形式的な「キャンパス」を設け、出稼ぎ目的の偽装留学生を入学させていた。

なかには定員を大幅に上回る留学生を受け入れる短大もあった。その1つが酒田短大で、受け入れられていた中国人たちは大学に籍だけ起き、不法就労に励んでいた。

事件の発覚で、酒田短大は03年に廃校に追い込まれた。だが、その後、当時の経営者は専門学校の運営に乗り出した。そしてこの学校は現在、ベトナムなどの偽装留学生で溢れている。偽装留学生ビジネスには、ひとたび手を染めれば抜けられない旨味があるのだろう。

ずさんな体制は、上場企業が運営する学校でも

留学ビザは、日本でアルバイトなしに留学生活を送れる経済力のある外国人に限って発給される建前だ。留学希望者にはビザ申請時、親の預金残高や収入を示す証明書の提出が求められる。貧しいアジア諸国の人々にとっては、よほどの富裕層でなければクリアできないハードルだ。

そこで留学希望者はあっせんブローカーを介し、預金残高などで「でっち上げ」の数字が記された証明書を準備する。アジア諸国では、賄賂さえ払えば銀行や行政機関であろうと、捏造(ねつぞう)数字の並ぶ“本物”の書類を作ってくれる。そんな書類を日本政府は黙認し、留学ビザを発給し続けている。

もちろん、留学生の日本での入り口となる日本語学校も事情はよく分かっている。

日本語学校の実態は驚くほどずさんだ。単に営利目的で偽装留学生を受け入れるだけでなく、パスポートや在留カードの取り上げといった人権侵害も当たり前のように横行している。学費を払えない留学生が、学校から失踪するのを防ごうとしてのことだ。

私は取材を通じ、東京都内の日本語学校で留学生のパスポート取り上げが起きている証拠をつかんだ。しかもこの学校は、東証1部上場企業が運営する、れっきとした大手の日本語学校なのである。

出井康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『年金夫婦の海外移住』(小学館)などがある。
(写真=AFP/時事通信フォト)
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