互換性を維持するとともに、規模の経済的メリットも

一方、米国の場合、日本のような分業体制ではなく、工作機械メーカーが自社でNC装置を開発した。今から振り返ると、この草創期の開発形態の違いこそが、後述するような大きな違いをもたらすことになった。しかし、黎明期は、まだそのような先のことまで見通すことはできなかった。日米の開発形態の違いに関して、報告書は次のようにいう。

柴田友厚『日本のものづくりを支えた ファナックとインテルの戦略』(光文社)

日本はNC工作機械のNCの設計と生産をファナック1社に絞った。この為、規模の経済的メリットが得られただけでなく、アメリカの工作機械ユーザを悩ませた互換性のなさという問題も回避できたのである。工作機械メーカーは自社でNCを開発する重荷から解放され、ファナックがエレクトロニクス分野にその全力を集中した為、ファナックと工作機械メーカーとの直接の競合も回避された。

私の調査では、日本がNC装置の開発を意図的にファナック1社に絞ったという事実は存在しない。産業用ロボットなど、メカトロニクス製品の製造を行うメーカーで知られる安川電機もNC装置の開発をしていたからである。より正確にいえば、ファナックが結果として主導する形になり、ファナックのNC装置が大きなシェアを占めたということだろう。その結果、日本の工作機械メーカーは確かに、規模の経済のメリットを享受できたし、互換性も維持することができた。

ここでいう工作機械ユーザーとは、工作機械を使用して自社製品を作る自動車メーカーや精密機器メーカーなどを指す。これらの工作機械ユーザーは、自社の加工条件に従ってNCプログラムを作成し、それを使ってNC工作機械を動かす。したがって工作機械ユーザーにとっては、一度作成したNCプログラムを他の機械でもできるだけ使用したいという要望は当然であろう。

だが、NC装置メーカーが違えば、NCプログラムの言語仕様や操作性が異なるために、他のNC工作機械で使えない可能性が出てくる。これが互換性の問題である。日本の場合、たとえ工作機械が違っても付加されるNC装置の多くはファナック製であったために、互換性の問題が顕在化しなかった。

他方、米国の場合、工作機械メーカーがそれぞれ独自のNC装置を作るために、工作機械ユーザーは互換性の欠如という問題に直面していたのである。それが、強力なNC工作機械産業を発展させるのに大きな障害になった、と報告書は指摘する。

ファナックは先端技術をいち早く取り入れた

さらにファナックの技術戦略について、調査結果は次のように報告している。

アメリカの制御機器メーカーとは異なり、ファナックは早くから先端的な半導体技術を採用し、コストに見合った設計を行って標準品を低コストで生産した。

ここでいう先端的な半導体技術とは、半導体技術を使った記憶素子である半導体メモリやインテルのMPUを指す。これらの先端技術をファナックは積極的に取り入れたのに対して、米国のメーカーはそうではなかったと指摘する。

さらに報告書は、標準化を積極的に図ったことでコストを下げることができたという、ファナックの製品戦略の特徴を明らかにしている。

米国の産業生産性調査委員会では、産業競争力における工作機械産業の重要性と、その中で果たしたファナックの役割について、明確に認識していたことがわかる。

柴田 友厚(しばた・ともあつ)
東北大学大学院経済学研究科教授
1959年生まれ、京都大学理学部卒業。ファナック株式会社、笹川平和財団、香川大学大学院教授を経て2011年4月から現職。「イノベーションと変化のマネジメント」を研究分野とし、大学でイノベーション論や企業論の授業を担当する。著書に、『イノベーションの法則性』(中央経済社)、『日本企業のすり合わせ能力』(NTT出版)など。
(写真=時事通信フォト)
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