つまり、アルツハイマー型認知症の人は、注意すべきものに注意を向けることができずに、無神経に見える行動をとることはあるものの、他者に対する関心を失ってしまったわけではないのです。

事実、私は母親が娘に対する関心を失ってしまったわけではないと感じています。例えば、私が仕事へ出掛けるということに、気が付くことができたときには、母親は、玄関まで見送りに出てきてくれますし、時には外にまで出て、私が見えなくなるまで手を振っていることがあります。もちろん、そもそも出掛けていくことに気が付かないことも多いのですが。

「注意の問題」ならば、感情は残るのでは?

関心を失ったのではなく、注意の問題だったとわかりました。細かい差異に見えるかもしれませんが、私の家族は、この違いを認識することによって、安心して暮らせるようになりました。すなわち、母親の根本が変わっていないということに自信が持てたのです。

盲視という面白い現象があります。上記の後頭頂皮質がひどく傷ついてしまった人の中に、「半側空間無視」といって、世界の半分を無視してしまう人がいることがわかっています。このような人たちは、例えば、左側が火事になっている家の絵を見せても、左半分に注意が向かないので、気が付きません。しかし、面白いことに、火事になっていない絵と、左側が家事になっている絵と、どちらの家に住みたいか聞くと、「まったく同じ家なのに」と言いながら、17回中14回も火事の出ていない上の家を選ぶのです(図参照)。これを、注意が向いていないのに見えている現象、すなわち「盲視」と呼びます。

©Hiroko Nozaki

注意が正しく向かないからと言って、何もわかっていないわけではありません。火事のような危険は、大脳皮質よりも進化的起源が古い感情のシステムで察知して、避けることができるのです。

アルツハイマー病で大脳皮質(理性や注意をつかさどる)の萎縮は進んでも、それよりも内側にある進化的に古い脳部位(感情や本能をつかさどる)は影響を受けにくいと言われています。

しかし、他の動物でも持っているような感情や本能が残っても仕方がないではないか、と思う人がいるかもしれません。