診断から3年がたった現在では、母親は、自分で何か具体的な目的を持つことは難しいですが、こちらが散歩に行こうと言えば、即座に「行きましょう」と言い、一緒に料理をやろうと言えば、「やってあげるよ」と活動的に動きます。もともとの母らしいやる気が戻っています。
なぜ人の気持ちに無関心になるのか
一方、「人の気持ちに無関心」というのは、どうして起こったのでしょうか?
実は、最初に病院に行ったときに、海馬が大きく萎縮していることに加えて、後頭頂皮質の活動が悪くなっていると言われました。
後頭頂皮質とは、注意をつかさどるネットワークの一部です。この部位の活動が落ちると、注意を向けるべきものに、注意が向けられなくなってしまうということが起こります。例えば、交差点では、健康な人は自然に信号に注意が向くでしょう。しかし、この部位の働きが落ちている人々は、信号に気が付かないことがあるのです。
「娘が買って来たものだから」捨てない、というように、健康な人であれば「」の中に注意が向くかもしれません。しかしそれは、現在の記憶を保持しにくく、注意の問題を抱えるアルツハイマー型認知症の人には難しいことがあります。娘が買ったことに注意が行かず、ただ自分が買った記憶のないものが冷蔵庫に入っていたから捨てたのかもしれませんし、あるいはその黒さが、豆だとピンと来ず、ただ気持ちが悪かったのかもしれません。
このように、アルツハイマー型認知症の人は、こちらがしてほしくないと思うことを、意図せずしてしまうことがあります。
アルツハイマー型の人の感受性に関する、ある実験
しかし、興味深い実験結果があります。少なくとも初期のアルツハイマー型認知症の人の社会的感受性は健康な人と変わらない、と示されているのです。
あなたがパートナーと、自分たちの間にある問題について会話をするとします。アメリカの脳科学者ロバート・W・レベンソンらは、そのときに、二人がどんな目線のやりとりをするかを記録しました。目線のやり方で、あなたがどのように気まずさを感じているか、相手に対して適切に関心を持っているか、などがわかります。この目線のやりとり、すなわち、相手に対して注目する仕方や時間が、アルツハイマー型認知症の人と、健康な人ではほとんど変わりがなかったのです。