妻が巨匠の映画づくりを支え続けた
彼の自伝的要素が強い映画『ヒッチコック』(2012年、アンソニー・ホプキンス主演)において妻のアルマ役を演じていたのは女優ヘレン・ミレンでした。彼女は映画完成後のインタビューで、アルマについてこのように述べていたようです。
「あの映画『サイコ』に参加した人のほとんどがすでに亡くなっていて、当時のアルマのことを覚えている人は本当に少なかったの。ただ、彼女の身長はわずか150cmくらいしかなかった。だから、そんな小鳥のような女性アルマが、あの大男ヒッチコックを唯一コントロールできた人物だという事実に感心したわ。
でも背が低くないわたしは、あえてアルマがヒッチコックをコントロールしている演技アプローチは取らず、アルマの娘が執筆したアルマ・レヴィルの伝記本を参考にしたの。アルマの娘は、影のような存在として扱われる母親を、表舞台に出して人々から評価してもらいたかったと思うの」(「シネマトゥデイ」2012年12月2日付より)
この映画で描かれていたアルマは、現場ではヒッチコックよりも撮影現場を仕切るのに長けた敏腕プロデューサーといった感じでした。「サスペンス映画の巨匠」と称えられながらも、イギリス時代はアカデミー賞と無縁だった夫を支える女性。ヒッチコック映画は、妻アルマがいたからこそ成立していたのだと考えることができます。
自己満足を避けるために客観的視点を求めた
ヒッチコックが残した名言に、
「私はアーチストだ、自己表現するんだ、という姿勢を避けること。映画で自己表現するには、莫大なコストをかけなければならない――みんなを楽しませるというコストをね」
「私の映画は人生の断片ではなく一切れのケーキだ」
といったものがありましたが、自己満足という落とし穴に陥らないために、ヒッチコックは自分の作品に対する「客観的視点」の極みを求め、もっとも身近なパートナーである自分の妻の意見を取り入れていたわけです。