「1963年の創業以来、弊社は主に名刺メーカー最大手から仕事を請け負ってきました。今も大切なクライアントです。ただ、2006年頃からじりじりと下請け仕事と利益が減少していました。強い危機感を感じるほど激減していたわけではなく、本当にじりじりとで、このまま右肩上がりになることはなさそうだなあ、ぐらいの、うっすらとした悪い予感があったんです。僕はアパレル業界出身でデザインが好きですが、弊社にはデザインの要素がまったくなかった。だから、ちょっとつまらなくて、何か新しいことをやりたいと思っていた。そんなときに、国立市の『つくし文具店』店主でデザインディレクターの萩原修さんと出会い、デザイナーと直接ものづくりができる“かみの工作所”というプロジェクトを一緒に立ち上げました」
志のあるデザイナーのアイデアを紙のアート作品として形にするプロジェクト。デザイナーに工場を見てもらい、「今あるもの」の中で新しい視点での「できること」を発見してもらう。製品化の全工程を同社が手掛け、デザイナーには売れた分だけロイヤルティを支払う仕組みで、初期コストを抑えた。山田社長が言う通り、規模もコストも本当に「少しずつ」スタートさせたことは賢明だった。にっちもさっちもいかなくなってから新しいチャレンジに取り掛かっても、トライ&エラーを吸収する余裕がないからだ。
少しずつトライして、新しい付加価値生む
アパレル業界から移った山田社長自身とデザイナーたち。2つの「外の視点」がもともと持っていた同社の技術を活かした業態転換を促し、第二創業を無理なく実現させたのだ。
08年から建築家の寺田尚樹氏と協働した「テラダモケイ」の1/100建築模型用添景セットと、10年に当時、気鋭として知られてきたトラフ建築設計事務所との「空気の器」――空気を包み込んで伸縮する紙製の器――が、雑貨やデザイン好きを中心に初年度約1万6000枚を売るヒット商品に。これがブレークスルーとなった。17年10月には累計の販売枚数が約30万枚に達している。
必ずしも一気に儲かったわけではない。ただ、「福永紙工」の名は、これまで取引していた方面とは異なる場所で知られるようになった。
「僕は手にした人の手で完成するような余白がある作品が好き。空気の器もユニークで美しく、とても気に入りました。商品化に躊躇はありませんでしたが、こんなに売れるとは思わなかった。手軽に飾ってアートを楽しめ、かさばらないのでお土産にもちょうどいい。デザインの重要性が再認識されてきた世間の空気とも合致したんでしょうね」
漫画家の井上雄彦やファッションブランド「ミナ ペルホネン」など、幅広いアーティストたちと次々とコラボ。空気の器は、ルーブル美術館やポンピドゥーセンター、国立新美術館の館内ショップでも人気商品で、同社の看板商品となった。現在も欧州・米国の美術館で販売されている。