ところが、業務の改善が必要だと直感しても、富士通に2年しか働いていなかった中川氏には、経営の知識がありませんでした。

蚊帳生地でつくる看板商品「花ふきん」●一般的なふきんの約4倍の大きさで、目の粗い蚊帳生地を重ねてつくられる。吸水性に優れ、広げても乾きやすいと人気に。発売から9年で約200万枚を販売。

「経営の知識はすべて本から学びました。生産管理がわからないから、『ザ・ゴール』や『シックスシグマ』など生産管理の本はひと通り読みました。人事制度については松井証券の松井道夫社長の『好き嫌いで人事』、ブランドに関しては、坂井直樹さんの『エモーショナル・プログラムバイブル』を読みました。『これだ』と思ったら、すぐに実践してみる。失敗したら、どう適用するのかをひたすら考えて、じゃあ、こうなのか?とやり方を変えて、また失敗して、という繰り返しです。いい本に当たるとひたすらやることになるので、なかなか読み進まないんですよ」(中川氏)

経営学にはリアル・オプションという考え方があります。「不確実性が高く新しいことを行うときには、まずは小規模でいいからどんどん早く始めてみる。失敗したらそこから学び、また別のものを繰り返す。それが結局は一番価値を増大させる」という考え方です。中川氏が行ったことは、リアル・オプション施策そのものです。

当時経営の素人だった中川氏にとっては、どのような行動も不確実性が高くなります。そうであれば、手をこまねいているよりも、まずは本の知識でいいから小規模で試み、失敗したら別の手を考えてまた素早く試みたのです。結果、雑貨部門の業績は改善していきます。

商品価値を、正しく伝える方法

第2のステップは「垂直統合」。すなわち製造卸からSPA(製造小売り)への業態転換です。中川氏は、ブランディングこそ日本の伝統工芸が生き残る道だと考えました。そこで重要なのは小売りでした。作り手の思いや、歴史、長く使ってこそわかるモノの良さは、さまざまなメーカーの商品を委託されたショップの店員さんでは伝えられない。モノが溢れている今の時代に、決して安くはない商品を買ってもらうためには、ブランドの価値観や世界観に共感してもらうことが何より大切だと考えたのです。

中川氏は02年には伊勢丹新宿店に、03年には東京・二子玉川にある玉川高島屋S・Cに直営店を立ち上げ、その後も年に数件のペースで出店攻勢をかけていきます。05年には新ブランド「粋更kisara」を立ち上げ、06年に1号店を表参道ヒルズに出店。効果は絶大で、雑誌などのメディアに頻繁に取り上げられるようになり、ブランド価値と認知度を一気に高め、顧客層を拡大しました。