「お金に執着するようになった」のではない
施設で暮らす人の中には、お金のことを気にする人が大勢います。夜になると「ここには居られないから帰る」と言うので、帰宅願望かと思うとそうではなく、「食事を出してもらい、寝る場所を用意してもらったのだから旅館に違いないが、お金を払っていないから泊まれない」と思うらしいのです。あるいは、「私のお金はどこですか?」と、繰り返し尋ねる人もいます。
なぜお金のことをそんなに気にするかといえば、トイレットペーパーやKさんの瓶詰めと同様に、お金はその人にとってなくてはならない、とても大切なものだからです。しかもお金は、「これがあれば何でもできる」という、自由の象徴です。言い換えれば、自己決定の象徴、自律性の象徴なのです。
認知症になってお金のことを頻繁に言うようになると、「お金に執着するようになった」と思われたりしますが、そうではありません。それはお金がとても大切だからであり、「お金が大切だ」という私たち誰もが思っていることを、ストレートに口に出してしまうだけなのです。
サービスエリアで迷子になった原因
次に、迷子になったことについてです。サービスエリアで迷子になった原因は、主に3つ考えられます。
1つ目は、単なる不注意で、人と話しながらトイレに行ったため、バスの位置を覚えていなかった。私たちもそうですが、目的地に人と話しながら行ったり、誰かのあとをついて行ったりすると、道を覚えていないために、一人で帰ろうとすると道に迷います。
2つ目は、バスの位置を記憶してからトイレに行ったのに、用を足す間に忘れてしまった。つまり、記銘力が低下していて、覚えていられなかったためです。
3つ目は、遂行機能の低下によって、「トイレに行って帰って来るには、バスの位置と特徴を覚えて、それから歩き出し、用を足したらトイレの同じ出入り口から出て、逆のコースで歩いて帰る」という、計画的な行動ができなかったためです。サービスエリアの広い駐車場に、似たようなバスが何台も停まっていれば、意識して「何列目の端から何番目のバスだ」と覚えてから行かないといけませんし、サービスエリアのトイレには出入り口が複数あったりしますから、どこから入ったかを覚えておかないといけません。
どの原因で迷子になったかはわかりませんが、いずれにせよ、広い駐車場の中でどこに行けばいいかわからなくなったKさんは、どんなにか心細かったことでしょう。自分たちのバスを探して、バスとバスの間に迷い込めば、視界が遮られて周囲の状況がますますわからなくなります。巨大な迷路に入り込んだようなもので、パニックに陥っても不思議はありません。仲間が見つけてくれたのでしょうか、無事に自分たちのバスに戻れて、本当によかったと思います。