なぜ「木」を選んだのか

その理由について黒木さんは「木は加工しやすく、量産しやすい特長がある」と説明する。そもそもJALが導入していた竹製車いすは製造に工芸品のような高い技術を要するため、大量生産ができないだけでなく、修理にも時間がかかった。樹脂製なら大量生産のハードルはクリアできるものの、JALが検討していた方法の場合、樹脂を加工する金型を作ってから製造することになり、初期投資がかさむうえ、一度金型を設計すると細かな変更が困難で、現場にあわせた調整ができなかった。

それに対して木製車いすは、合板を整形し、削って作られる。JALと共同開発したキョウワコーポレーションによると、木製車いすの車体に使われる素材は「ホワイトバーチ合板」という汎用素材。それを「NC工作機」というコンピューターで数値制御された切削機を使って、車体の形に切り出し、その部材を組み立てて作る。

機械的な加工なので、短時間で高い精度の部材を作ることができ、コンピューターの数値を変えるだけで車体を調整できる。使われている素材はもちろん、用いられる技術も「一般的な家具とほとんど同じ」であるため、量産が可能だ。JALが非金属のなかで木を採用した大きなポイントと言えるだろう。

改良を重ねて機能性を上げる

日本航空 空港企画部旅客グループの黒木香奈さん(撮影=プレジデントオンライン編集部)

デザイン性の高さも木が持つメリットのひとつだ。JALの木製車いすは、一見すると北欧家具のようにみえる。使用されている木材は白樺で、色味が明るく、コーポレートカラーの赤が映えている。黒木さんは「木が持つ温かみを生かせるよう、見た目にはこだわりました。何よりも、お客さまに“乗ってみたい”と思っていただけるようなデザインにしたいと考えました」と話す。

生産コストとデザイン性の高さを両立する木製車いすだが、最大の特徴は高い機能性だ。現場の声をもとに幾度となく改良が重ねられている。体が不自由な人や高齢者といった車いすの利用者はもちろん、空港スタッフにまで配慮した実用的な機能が強化されている。

例えば、従来の金属製車いすは自走用の車輪と介助者が押すための車輪の2種類が取り付けられており、機内に入れるためには、外側に付けられた自走用の車輪を外す必要があった。取り外す作業には力が必要で、当然タイヤを外す作業の間、車いす利用者を待たせてしまう。そのため、スタッフから改善を求める声も上がっていたという。そこで木製車いす(アイルタイプ)には自走用の大きな車輪を設置せず、肘掛けを外すだけで機内に案内できるようにした。

利用客と接するグランドスタッフは、「肘掛けを簡単に外せるので、お客さまをお待たせする時間が減りましたし、負担をかけずにスムーズに機内にご案内できるようになりました。肘掛けの取り外しが簡単なので、まだ車いすのご案内経験が少ないスタッフでも、すぐに対応できます。以前から車いすをご利用されているお客さまの多くが、木製のほうがいいとおっしゃられます」と話していた。