健康管理に留意してきた人ほどコロリとは逝かない
「健康で長生き」というイメージこそ、幻想の最たるものです。現実には年をとるにつれ、あちこちの機能が低下し、トイレに立つにも躊躇する日々が待っている。ものを飲み込む機能も衰えてきます。
「ぴんぴんコロリ」とは言いますが、健康管理に留意してきた方ほど、なかなかコロリとは逝きません。食べる喜びもなく、死ねない状態がどれだけ辛いかを理解すれば、健康づくりに汲々とする時間がもったいなく思えてきます。それよりもっと大きな、人生観や死生観に目を向けることが大切ではないでしょうか。
私は消化器外科医を経て、在宅医療に進みました。終末期がんの患者を看取るなかで、ある男性が印象に残っています。その方は知性と人間的な強さ、何よりゆるぎのない人生観をお持ちでした。胃がんの終末期でしたが、しっかり現実を受けとめておられた。私への質問も「もう治らないのか」ではなく、「何なら食べられるのか」「便秘なのだが、下剤を飲んだほうがいいか」など、辛いなかでベストの状態を保つための具体的な内容ばかりでした。最期の充実した日々を有意義にご家族と過ごされて逝かれました。
人は必ず死を迎えます。そして病気になったら助けてくれるであろう医療を恃(たの)むには限界がある。医療者、患者の双方が辛く厳しい「不都合な真実」を直視することで、私たちは医療幻想から脱し等身大の医療を実現できるのだと思います。
作家・医師
1955年、大阪府生まれ。大阪大学医学部卒業。在外公館の医務官や高齢者を対象とする在宅医療に従事。2003年、小説『廃用身』でデビュー。小説ではほかに『破裂』『無痛』『虚栄』などの作品がある。『大学病院のウラは墓場』『日本人の死に時』『医療幻想』など医療の裏側を描いた一般向けの啓発書も多数著している。