M&Aや出資を通じて世界中で種蒔きをしているソフトバンクにはそうしたデータが日々集積される。それらを解析、活用することでAIなど自動運転の基幹技術が磨かれるし、モビリティビジネスの新たな可能性が切り拓かれる。クルマづくりの会社からモビリティに関するあらゆるサービスを提供するプロバイダーへの脱却を目指し始めたトヨタからしてみれば、気付けばソフトバンクは常に目線の先にいる先行企業になっていたわけだ。

「縛り」がない合弁事業はうまくいかない

今回の提携話はトヨタがソフトバンクに協業を持ちかけたという。国内の通信キャリアでいえば資本関係にあるのはKDDIだが、モビリティカンパニーを志向するトヨタがソフトバンクをパートナーに選んだのは必然といえる。ソフトバンクにとってもトヨタが持つリアルな技術力と業界きってのブランド力は魅力だし、行政を動かす政治力は利用価値が高い。提携は願ったり叶ったりだろう。

私はトヨタに知り合いも多いし、ソフトバンクの社外取締役も2年間だけやっていたから、あまりケチをつけたくないのだが、客観的に見て今回のディールがうまくいく要素は少ないと思っている。最大の理由は、「縛り」がないということだ。この種の合弁事業を私はいくつも手がけてきた。同国の企業同士、国内外の企業同士、あるいは国と国のパターンもあったが、40年以上コンサルティングをやってきた経験から言えば、「縛り」がない合弁事業はうまくいかない。

トヨタとソフトバンクの提携で言えば、モビリティサービスやMaaSに関係する事業やプロジェクトをトヨタが始めるにしても、ソフトバンクが発案するにしても、すべて合弁に持ち込んで、「モネ・テクノロジーズ」が主導するという合意、すなわち「縛り」がなければ提携関係はうまく機能しないだろう。

ソフトバンクの投資先がトヨタと組むとは限らない

しかし、私が聞いている限りで今回の提携にそうした縛りはない。それもある意味当然で、トヨタにしてもソフトバンクにしても、すでに複数の企業と組んでモビリティサービスやMaaS関連の事業を進めている。今になってそれらを「モネ・テクノロジーズ」で一括管理するということになれば、それまで付き合っていた企業から文句が出る。下手すれば一斉に訴訟に走りかねない。実際には今回の提携に対してどこも反応していない。ということはやはり縛りや制約はないのだろう。

前述のようにMaaSの領域ではソフトバンクのほうが先行していて、ファンド経由の投資を含めて打ち手が多い。ただしソフトバンクは投資先のマジョリティを持っていない。保有する株式は最大20~30%程度で、拒否権を持つような大株主にはなっていないのだ(下手に株式の支配を強めると他の投資家から敬遠されるため)。したがって、投資先がたとえば「アメリカではテスラと組みたい」とか「ヨーロッパではVWと一緒にやりたい」と言ったときに、ソフトバンクは「NO、トヨタと組め!」とは言えない。