本当に1人平均2800万円の資産を持っているのか?

認知症高齢者が140兆円の資産を保有しているという事実について、介護現場で働く人たちはどう受け止めたのでしょうか。ベテランケアマネジャーのIさんとSさんに聞いたところ、「140兆円という数字には、あぜんとするしかありません」と声をそろえました。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/fatido)

その上でIさんはこう言います。

「私たちケアマネジャーは利用者さんの資産を知る立場ではありませんが、サービスを提供する関係で預金額を聞くケースがあります。施設の利用費などを減免する制度を利用する際、単身者は1000万円以内、配偶者がある場合は合計2000万円以内という基準があるからです。認知症の高齢者は約500万人いるといわれますが、140兆円で割ると平均値は2800万円。でも、私がお聞きしてきた利用者さんの預貯金額はみんな1000万円以内でした。だから、140兆円なんて額を耳にして本当に驚いているんです」

「140兆円」の試算をした第一生命経済研究所の星野卓也エコノミストはこう説明します。

「140兆円の中には、銀行の預金だけでなく、加入している保険商品や投資信託、本人が存在を忘れている資産なども含まれていて、一人当たりの資産額は意外に大きいと感じるかもしれません。ただ、高齢者の資産額は人により大きな差があり、多くの資産を持つ人とそうでない人がいます」

「預貯金300万円程度で要介護生活を送る人もいます」

一方、Sさんは、140兆円の資産があると聞いて「私が担当する利用者さんは『相当の資産を残しておかなければ満足な介護は受けられないのではないか』と不安そうでした。そういう方はほかにもいるかもしれません」と言います。

「フィナンシャルプランナーなどが、“老後を安心して過ごすには3000万円は必要”などと言って、現役時代に積み立てることの重要性を訴えますよね。確かにお金が潤沢にあれば快適に過ごせる有料老人ホームに入ることも可能ですから、その通りかもしれません。ただ、3000万円に満たないからといって十分な介護サービスを受けられないわけではありません。Iさんが説明したように、資産の少ない方には負担を減免する制度もありますし、預貯金が1000万円未満、たとえば300万円程度でも要介護生活を送っている人はたくさんいます。ひと月の生活費と介護サービスにかかる費用を計算し、年金で足りない分を補うだけの資産があれば、なんとかなるものなんです」

そしてSさんは「これはあくまで個人的な考えですが」と前置きしたうえで、こう語ります。

「認知症で要介護生活を送っている方は、資産を持っていても残念ながら自分の楽しみのためにお金を使うことはほとんどありません。本当は、その資産を子どもや孫に残したいという思いがあったかもしれませんが、本人が認知症の状態になったことが原因で、遺産相続でもめる場面もあります。そうしたケースを目にすると、私はこう思ってしまうのです。現役時代に必死に節約して、フィナンシャルプランナーが唱えるような額をため込むよりも、自分の好きなことにお金を使ったほうがいいのではないかと」

とはいえ、認知症高齢者がため込んだ資産140兆円は、結局のところ「ぜいたくは敵」で常に質素倹約に努める体質の日本人だからこそ実現できたものなのでしょう。

(写真=iStock.com)
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