もしも調整仕事を任せてもらわなければ、そしてそれを「あんな面倒なことをやれるなんてすごいね」と誰かに言ってもらわなければ、僕は自分のイケてるところに気付けなかったでしょう。そして、さほどイケてないデザインにこだわって、仕事を広げられずにいたかもしれません。
「自分、デザイン得意なんでやります」と言葉だけでアピールしていたら、「あいつは、デザインデザインって言っているから、調整の仕事を頼むのはやめておくか」と思われてしまっていたかもしれません。
なので今の僕は、「何ができます」というアピールではなく「何をしました、楽しかったです」という小さな報告をSNSでしています。見ている人は「あいつ、あんなことができるなら、これを頼んでみようかな」と考えてくれると思うからです。
きっと会社の中で新たな仕事を打診されるのも、こんなきっかけで起こることが多いのではないでしょうか。そうした頼まれごとをこなしていくうちに、それが得意なことになっていくはずです。
自分の強みを見つけるために人を褒める
僕は、人を褒めるようにもしています。褒めるのは照れくさいと感じていたこともあるし、下心があると思われるんじゃないかと恐怖を感じていた時期もあります。でも、あるとき考えが変わりました。
今では、「そうやって相づちをうってもらえると、すごく心強いです」「ネイル可愛いね」「そのメガネいいね、どこで買ったの?」などと細かく褒めることもあれば、「ホント、あなたのことが大好きです」とすべてを褒めることもあります。その理由は、褒めれば褒めるほど、褒め返してもらえると、あるとき気付いたからです。
前述のように、僕は自分が他の人よりも何が得意かに気付いていない期間があって、その間は“損”をしていたのかもしれませんが、そういう時期も必要だったのかなという気はしています。でも、もしも若いときに「水代のいいところはここだ」「お前はここが優れている」とド直球で言ってもらえていたら、「自分のやりたいこと」と「力を発揮できること」の重なる部分を、もっと早く見つけられていたかなとも思います。
だから今も、「他の人から見た自分の良さ」はどこなのかは気にしています。好かれたいというよりも、どう見えているかを知りたいのです。