「あの人は直感が鋭い」という表現自体がおかしい

しかし、一方で、一刻も早く避難すべき非常事態にありながら、正常だと思いこんでしまう「正常性バイアス」が働くことがある。たとえば、建物のなかが煙っぽくて、嫌な臭いもする。「もしかして火事じゃないか」と一瞬考えても、周りの人々はごく普通の様子なので、「大丈夫なんだな」と誤解してしまう、というもの。そこには同調圧力も働いているため、周りが逃げ始めれば自分も逃げ出すのだが。

さらに、危機的な状況でも「自分だけは助かるはずだ」と考えてしまう「楽観バイアス」も存在する。

さまざまなバイアスに惑わされず適切な行動を取れるかどうかは、感情や直感頼りにせず、自分が置かれた状況を客観視できるかにかかっている。

そもそも「あの人は直感が鋭い」というような表現自体がおかしいと友野教授は指摘する。

「経験の積み重ねによって専門的直感が働くのは確かです。棋士はいつも長考するわけではありませんが、彼らの頭に短時間で次の一手が浮かぶのは、この手は失敗だった、成功だったというフィードバックを長年積み重ねているからです。しかし、ある分野について直感が磨かれた人はいても、どんなことにでも鋭い直感を持つ人はいないのです」

リスクを過大に見積もることも、過小評価することも、自分の身を危険にさらしてしまう。それを避けるためには、システム2を働かせ、「正しく怖がる」ことが重要だ。そんな姿勢を一朝一夕で身につけることは可能なのだろうか。

「もちろん、すぐに、というのは難しいです。ただ、私の講義を受講している学生から『衝動買いをしなくなった』『血液型占いを信じなくなった』という報告をもらうことがあります。要は、『人にはそういうくせがある』ということを知ることで、自分の直感に対して『待てよ』と疑えるようになったということです。意識を変え、知識を蓄えることで、変わるきっかけがつかめるはずです」(友野教授)

友野典男

明治大学情報コミュニケーション学部教授

1954年、埼玉県生まれ。早稲田大学商学部卒、同大学院経済学研究科博士後期課程退学。明治大学短期大学教授を経て、2004年より明治大学情報コミュニケーション学部教授。専攻は行動経済学、ミクロ経済学。主な著書に、『感情と勘定の経済学』(潮出版社)、『行動経済学~経済は「感情」で動いている~』(光文社新書)、『ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る』(監訳、楽工社)ほかがある。
(写真=時事通信フォト 撮影=スタジオ魏呉蜀)
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