「くさい人は危険」と、脳は認識してしまう
ビジネスをするうえで、「くさい」ということはとても危険だと、東北大学教授の坂井信之氏は指摘する。
「心理学的には、人の印象を決定づける一番の要因がにおいです。性格や見た目はその次。どんなに仕事ができて、人柄がよかったとしても、くさかったら、ただそれだけで嫌われてしまいます」
坂井氏によれば、人間はひとたび「くさい人」と認識すると、その人を見るたびに脳が自動的に「くさい」という記憶を呼び起こすようになってしまう。つまり、「くさい」という印象を1度与えてしまったら、ずっとくさい人だと思われ、嫌われ続けてしまうことになるのだ。
「その原因として考えられているのが、嗅覚の情報を処理する第1次嗅覚野がある位置です。脳の中で、記憶を司る海馬が隣り合わせになっていることから、においは記憶に非常に強く働きかける感覚だと考えられている。アルツハイマー病を発症すると、まずはにおいの感覚や記憶から失われていくこともわかっています。脳の構造から見ても、記憶と嗅覚の結びつきの強さには納得できるところも多いのです」
そもそも、ヒトはどのように脳の中でにおいを感じ取っているのだろうか。そのメカニズムを聞いた。
「においは、におい成分の分子が空気中を飛んできて、鼻の粘膜にあるレセプターでキャッチされます。その後、におい成分の分子とレセプターの化学反応が起き、脳に信号が送られて『いいにおいがする』『くさい』などと感じ、判断するようにできているのです。また、判断と並行して大脳辺縁系の扁桃体という場所に情報が送られ、意思とは関係なく感情が働きます。このため、嗅覚は生物的な本能を引き起こしやすいと考えられているのです」
また、においに対して、ヒトが瞬時に本能的に判断を下すようにできている理由はほかにもある。
「まず、ヒトは、知らないにおいに対して『危険だ』と感じるようにできています。それに加えて、嗅覚にはある程度近くにならないと感じ取れない、という特徴がある。視覚や聴覚は『遠受容性感覚』と呼ばれ、対象物が遠いところにあっても感じたり、察知したりすることができます。それに対して、味覚や触覚は『近受容性感覚』と呼ばれ、実際に対象物に触れないと、それがどのようなものかわかりません。嗅覚はその間にある感覚。つまり、においを嗅いでから安全か危険かを判断していると、敵の危険にさらされてしまうことになる。そのため、知らないにおいや今までと違うにおいが来ると、脳の中で記憶などの情報を処理して判断する過程を通り越して、理屈抜きで本能的に逃げないといけないという嫌な気持ちにさせるのです」
扁桃体:感情を司る
第1次嗅覚野:においの情報を処理する
海馬:記憶を司る
嗅覚は視覚、聴覚など他の感覚と異なり、2つのルートで脳に伝わる。ひとつは、他の感覚と同様に、情報が大脳皮質(嗅覚の場合は、第1次嗅覚野)に送られ処理、判断が生じるルート。もうひとつは、情報が記憶や感情を司る大脳辺縁系のうちの扁桃体に直接送られるルートだ。何かがにおうと、意思とは関係なく感情が働くのはこのためだ。