バブル期の日本との共通点と危うさ

一方で、購入を見合わせたケースもある。チョウシュンである。

安徽省の農村に生まれ育ち、中学卒業後に上海へ働きに出て、シューの隣の物流倉庫に勤めていたチョウシュンも、友達がこぞってクルマを買おうとしているのに刺激された。そして、まずは運転免許だということで、母と妻の了承を得て、家の貯金から1万元(17万円)を出し2015年の夏、教習所に通った。ここでいう「家」というのは、チョウシュン一家と、彼の両親を合わせたものである。

実地で一度不合格になったものの二度目で無事合格。「さあ、春節前に今度はクルマを買うぞ。日産のティアナが欲しいな。でも、お金がないから中古でいいや。え? 2009年製でも11万元(190万円)もするの? でもローンで買えばいいや」などと楽しそうに夢を膨らませていた。

ところがそれから程なくしてチョウシュンはリストラに遭い、クルマの購入も見合わさざるを得なくなった。それでも、クルマを買おうとしていたほどなんだから、それなりに蓄えはあるんでしょ? と尋ねると、「うーん、無収入が2カ月目に入ったら、貯金は底が見え始めちゃうかな」との答え。そうなのか、それじゃあティアナのローンの途中でリストラされていたら大変なことになっていたねと重ねて聞くと、「払えなくなったらローン会社にクルマを取られてそれでチャラだからそれほどのプレッシャーはないけど、でも、危なかったね」との答えが返ってきた。

彼らがクルマを買った当時の「日本経済新聞」(2016年4月22日付)によると、中国の自動車メーカー上場8社の2015年12月期決算は、8社のうち7社が前期比2ケタの増収、特に15年10月から始まった小型車減税を背景に、小型車に強い中堅メーカーが収益を大きく伸ばしたと伝えている。

バブル全盛期の1980年代、日本では若者が6畳のワンルームに住んでBMWなどの高級車を買うという現象があった。中国の現状も、80年代の日本と類似しているといえるのかもしれないが、便器むき出しの独居房のような部屋に家族3人で住んでクルマの費用を捻出したシューや、リストラでローンが払えなくなってもクルマを取られるだけなのでそれほど怖くないというチョウシュンのケースを目の当たりにすると、彼らのマイカー購入は、実に危ういところで支えられていたものだということが分かる。

敗残感が漂う家よりも、贅沢な車内を味わいたい

それにしても、彼らが当時、こぞってマイカー購入に走ったのはなぜなのか。

先の日経新聞の記事にもあったが、中国は2015年10月、排気量1.5リッター以下の自動車購入税をそれまでの1万2000元(20万円)から6000元(10万円)に半減した。シューとウェイも「減税が、買う一つのきっかけにはなった」と言う。しかし、「それが最大の理由ではない」とも言う。それでは、最も大きな理由は何かと尋ねると、購入を見合わせたチョウシュンも含め三人とも「なぜって……欲しいからだよ」と繰り返すのみ。

ただそのうちシューが「クルマに乗っていると、金持ちになった気分にはなるな」とつぶやいた。それを聞いたほかの二人は、「そうそう、クルマの中って、自分の家よりゴージャスだもんね」と同調した。

自分たちで明確に意識はしていないが、恐らくこれが、クルマを渇望する最大の理由なのだろう。当然のことだが、彼らとて、便器むき出しの家が快適だとは思っていないのだ。