一度「首切り」をすれば従業員の心に傷が残る

減益発表に次いで私は別の「先読み」も行った。「賃金の一時0~5%カット」である。このことを正月早々に発表すると、今度もまた大ニュースとして各メディアをにぎわせた。

ただし「賃金カット」には、こんな条件がついている。「正社員の雇用は間違いなく保証し、今回の賃下げ分は業績回復時のボーナスで補填する」。グループ各社の労働組合はこの案を全面的に支持してくれた。従業員は経営陣と危機意識を共有する一方、最もナーバスになっている雇用問題には、逆に安心感を持つことができたのである。

当社の発表後、今度は電機大手などが正社員の人員整理を次々に発表した。たしかに人減らしをして固定費を削れば短期的には回復も早まるだろう。だが、一度「首切り」をすれば従業員の心に傷が残る。次の好況期、会社に対する求心力がどれだけ働くだろうか。

自慢ではないが、貧しい農家で育っただけに、私は社員の誰よりも人の苦しみを知っている。一般の従業員がどれだけ解雇を心配しているかもよくわかる。だから、そんな恐ろしいことを私は絶対にしない。堀を埋められ城壁を壊されても雇用だけは守り抜く。当社にとって「雇用は天守閣」なのである。

何があっても必ず守るものがある一方、臨機応変に対応するものもある。たとえば「2010年に売上高1兆円」としてきた計画は、いったん凍結する。昨年末、大型M&A案件を2件続けて断念したが、もし強引に買収していれば「1兆円」は実現しただろう。

「八合目まで来たのに諦めるのか?」と問う人がいた。私はこう答えた。

「たしかに頂上は見えている。しかし嵐が来て暗雲が垂れ込めている。いま登ったら死ぬ。だから七合目まで下りて、体力を整えてからもう1回チャレンジするのが正しいと思う」