断っておくが、これは京都本社にいるときだけの習慣ではない。日本、いや世界中どこにいても実践していることだ。

年間の宿泊数を大雑把に数え上げてみると、京都の自宅がわずか60泊に対し、東京、地方、海外がそれぞれ100泊ずつ、合計300泊にのぼっている。外泊が続けば体調を崩すことにもなりかねない。だからこそ私は、自らに規則正しい生活を課すことで、気力・体力の充実を図っているのである。

そこで核心に入ろう。

2008年12月19日。私は日本電産の減益予想を発表した。昨秋からの猛烈な需要減少にさらされ、従来予想の達成は困難だと判断したからだ。世間からは「強い会社」と思われているだけに、このニュースはテレビ番組などで大きく取り上げられた。

わずか3日後の22日、今度は世界中を震撼させる大ニュースが発生した。あのトヨタ自動車が赤字になる見通しだというのだ。その後は自動車・電機など主要産業で赤字発表が相次いだ。

「トヨタ・ショック」以後、経営者のほとんどは「永守さん、今回ばかりは経営者の責任と違います。トヨタが赤字ではしょうがない」と、言い訳を口にするようになった。一般社員にも同じ意識が生まれていたのは間違いない。

だが、会社が赤字でいいわけはない。資金潤沢なトヨタなら持ちこたえられようが、他の会社にそんな余裕があるのだろうか。私はこれまで「赤字は罪悪」と公言してきたが、今回の不況で赤字はさらに深刻な意味を持ち始めた。「倒産の引き金」と断言していいと思う。実際、昨年の大型倒産のなかには、決算は黒字でもキャッシュフローが赤字になり、資金繰りがつかずに破綻した実例がある。

赤字に落ちるか黒字にとどまるかが、企業の生死を分ける分水嶺になった。だから私は「従来予想を下方修正し減益になるが、黒字は確保する」ということを、いちはやく公表したのである。

効果的に伝えるにはタイミングも大事だ。実は私なりに「トヨタは赤字になる」という感触を持っていた。そのニュースに接して、当社の従業員を含め世間がどう反応するかも簡単に予測できた。だったら、それより先に日本電産の減益予想を発表しなければならない。

当初、トヨタと同じ22日に会見場を予約していたのだが、急遽キャンセルさせて3日前に会場を確保した。どうしても「トヨタより先に」発表しなければならない。そう判断したからだ。費用はかさんだが仕方がない。経営にはこうした「先読み」と、ときには時間をカネで買うような決断が不可欠なのだ。

その判断は奏功した。従業員が私たち経営陣と危機意識を共有してくれるようになったのだ。