「失敗の本質」にあり司馬作品にないもの
「歴史が重要だ」というと、司馬遼太郎の作品を思い浮かべる人も多いようです。しかし司馬遼太郎の作品はあくまでフィクションです。高度成長期の人々の世界観に合うように、史実にない要素が書き加えられています。「こうであってほしい」という物語は、あくまで道徳的な価値観を強化するだけで、意思決定の鍛錬には役立ちません。司馬作品は小説としては評価できますが、ビジネススキルを養える本とはいえないでしょう。
一方で、ビジネスパーソンに人気が高く、意思決定を鍛えるうえで役立つ本としては、『失敗の本質』(中公文庫)が挙げられます。副題は「日本軍の組織論的研究」。
「ミッドウェー作戦」「ガダルカナル作戦」など6つの戦いから、日本軍と米国軍の組織的な特質を比較しています。70年以上前の史実ですが、多くの読者にとっては、ローマ史や古代中国史よりも身近で、想像しやすいはずです。
またこの10年程度の歴史的な事実を調べ、自分なりに理解してみるというのも大変有用です。それは「未来の古典を自分で書く」という作業にほかなりません。
たとえば数年前の雑誌や書籍に掲載されている著名経営者のインタビューを読み直し、現在の業容と照らし合わせてみましょう。嘘つきと正直者のうち、経営者として生き残っているのはどちらなのか。この10年の「ビジネス史」を振り返る作業は、マキアヴェリが「ローマ史」から政治思想を練り上げたのと同じです。
読書で得た経験がすぐに役立つとは限りません。しかし人生で課題にぶつかったとき、培った教養は頼もしい武器となります。ぜひ本との格闘に挑んでください。
京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンス研究部門客員准教授。東京大学法学部卒業。マッキンゼー&カンパニーを経て独立。著書に『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)、『戦略がすべて』(新潮新書)などがある。