実は新商品ではなく、ブランドリニューアルだった
「もともと、2014年9月に発売した旧型商品がありまして」と、菓子商品開発部専任課長 山下舞子さんが示した旧パッケージの「The Chocolate」。それは現在のザ・チョコとの連続性をほとんど感じさせない、いわゆる「スーパーやコンビニで売っている中ではちょっと値段の高い箱型チョコ」だった。モノクロ調のカカオの写真でスペシャリティ感を出したものの、カカオを見慣れない消費者には「これ何?」と言われてしまうことも多かったという。
「ベネズエラやブラジル産のこだわりのカカオを使用し、一押し商品として売り出したものの名前の認知に至らず、発売後まもなく2015年1月には商品リニューアルプロジェクトが立ち上がりました。いかにしてお客様の価値に寄り添い、どうアプローチを取るべきか。同時期に発売していた別のスペシャリティチョコ『HAREL』もうまくいっておらず、でもザ・チョコのカカオにこだわった切り口による物質的価値と、HARELのパッケージを開けた時やチョコを口にした時に感じる高揚感や幸福感を追求する情緒的価値、どちらにも私たちは自信があったんです。それを根拠として、リニューアルをかけました」(山下さん)
リニューアルの方針は「物質的価値×情緒的価値」。2つの領域を融合させ、明治のスペシャリティチョコとして世に送り出したい。山下さんは続ける。「明治が大人の嗜好品としてのチョコレートに挑戦するのは、実は1986年の『コラソンカカオ』以来8回目。でもそういった市場定着へは至っていませんでした。2006年からBean to Bar訴求を改めてし直した流れで、ザ・チョコはブランド面を引き継ぎ、2016年9月の大幅リニューアルへと漕ぎつけました」。
大がかりなリニューアルをしてまでも、明治がスペシャリティチョコにこだわるのはなぜか。その背景には、創業100年、チョコ発売以来90年の歴史を誇る同社のプライドをかけた「こだわりのカカオ」獲得への道のりがあった。
「明治の名にかけて」世界最高水準のプレミアムカカオを確保する
「いま、Bean to Barって流行っているでしょう。『カカオ豆からチョコレートまで作ります』と標榜する、こだわりの高価格クラフトチョコレートです。明治は1926年以来カカオ豆からチョコレートを作っているので、いまさら? という部分はあるのですけれども、逆に言うと世界にはそれだけ豆から作っていないチョコレートが多いということでもあるんです」。日本のカカオの第一人者と呼ばれる猛者、菓子商品開発部スペシャリティーチョコレート担当専任課長・宇都宮洋之さんはいたずらっぽく笑って画面を示した。
画面には、世界のカカオの産地別生産量と、世界の名だたる食品コングロマリットや巨大チョコレートメーカーが群雄割拠しながらカカオを争奪し合う円グラフが出ている。「この人たちだけで世界中のカカオの約8割を買い占めて、チョコレートの原料となるカカオマスに加工して売っているわけです。こうして輸入された中間製品から作られたチョコレートがたくさん流通しているんですよ」。
これまで日本のチョコレートメーカーは、ガーナからすでに加工されたカカオが港に到着するのを待ち構え、商社を通してその場でいかに早く、いかに多く買い付けるかに明け暮れた。それくらいしかカカオにリーチする方法がなかったためだ。国内のメーカーは、実はみな同じカカオを使ってそれぞれのチョコレートを生産しているケースも多かったのだ。
「明治はカカオを扱って90年ですから、Bean to Barの流行を前にしても、取り組みの深さが違うと自負しています。でも良いカカオはバイイングパワーの強いところに丸抱えで持って行かれてしまい、日本にやってくるのは世界の総生産量の100分の1程度でしかない。しかもそれを複数のメーカーで争奪し合っているので、差別化がしづらい。だからこそ僕ら明治がいいチョコレートを作るためには、いいカカオ豆を確保すること、つまり流通の上流を押さえることが必須だったんです」。素材となる高品質なカカオの安定供給は、カカオ農園のコントロールから。そう考えた宇都宮さんは、自分たちでカカオを作ろうと生産地へ飛んだ。
カカオ生産地は、カカオ輸出を国家事業とするガーナ以外にもある。ベネズエラ、エクアドル、ブラジルやドミニカ、ペルーなどの中南米諸国には多様な品種のカカオがあり、そのぶん味も多様だ。「メイジ・カカオ・サポート(MCS)」と呼ばれる農家支援プロジェクトが開始され、農法支援と生活支援の両面から農家の安定経営を促しつつ明治発酵法と呼ばれる独自の発酵法を指導し、欲しい味をカカオ生産の段階から作ることが可能となった。こうした取り組みが結実したものが、2014年の初代ザ・チョコだったのだ。