官僚は世間から乖離「薬害問題」は再発する
このように考えると、今回の事件は厚労省の情報隠匿によって被害が拡大した「薬害エイズ事件」や「薬害肝炎事件」と類似する。いずれの事件においても、厚労省は医療現場や製薬企業から問題について報告を受けていたにもかかわらず、今回と同様に省内で“小田原評定”を続け、国民や医療者に情報を開示しなかった。この間、医療現場での感染被害は拡大した。いずれの事件も医系技官(および薬系技官)が引き起こした事件だ。刑事裁判、国家賠償請求裁判にまでなったのに、今回の対応を見るかぎり、厚労省には何の教訓にもなっていないようだ。
今回の事態に最も素早く対応したのは、NPO法人全国骨髄バンク推進連絡協議会に所属する一般人だった。特に会長の大谷貴子さんは、厚労省に対し迅速な情報公開を求めるとともに、患者の負担増がないように求める署名活動を行った。署名は6万5000人以上にのぼった。また、彼らの活動が舛添大臣や尾辻議員、仙谷由人議員などの大物議員を動かし、厚労省に大きな圧力を与えた。
このような動きに対して、厚労省や骨髄移植推進財団からは直接・間接的に、「署名活動は迷惑だ」という趣旨の連絡があったようだ。官僚の視点は、国民から全く乖離してしまっている。
世界の経済状況を鑑みれば、今後も多数の薬剤や医療機器で同様の問題が起こるだろう。現に昨年11月には、大日本住友製薬が抗がん剤テスパミン注射液の供給停止を発表している。
医薬品は生命に直結するにもかかわらず、供給が途絶えたときの政府の対応策が未確立だ。そのため、およそ問題の本質とは関係のない混合診療や先端医療評価制度が検討され、議論は迷走した。今回のようなドタバタ劇を繰り返さないためには、医薬品の安定供給を確保するための危機管理体制を構築していくことが急務である。今回の騒動でも役人は故意に情報を隠したとは考えていないかもしれない。だが、世間の常識とかけ離れた情報公開の姿勢をとり続ければ、安定供給はおろか、第二、第三の「薬害」を引き起こすことになるだろう。
※薬害エイズ問題
汚染された非加熱血液製剤を投与された患者の多くがエイズウイルス(HIV)に感染。米国での承認取り消しを知りながら、日本では販売が継続され、感染が拡大した。1996年に菅直人厚生相(当時)が画期的な和解を決断し、問題を終結させた。