黒くて丸いドーナツは、イノベーションの塊
しかし、タイヤメーカーにとっての主戦場は乗用車用タイヤである。数多のレースに参戦し、勝利することで栄冠を手にしていったブリヂストンは必然的に、市販タイヤにおいても世界シェア1位を目指した。そのために、様々なイノベーションに挑戦していった。
黒くて丸いドーナツ型――タイヤの見た目は何十年と変わらない。タイヤのイノベーションと言われても、一般人にはわかりにくいが、実は、タイヤは様々な部材を組み合わせた複雑な構造となっている。そして天然ゴム、合成ゴムをはじめとして各部材で使用される原材料だけでも10~20種類。そのほかにポリエステル、ナイロン、レーヨンなどの骨格をつくる大量のコードや、強度を増すためのスチールコードなども使われている。さらに、様々な部材およびタイヤの構造は弛まぬ進化を続けており、タイヤの耐久性や強度、耐熱、耐摩耗性能、燃費性能などは今日に至るまで飛躍的な進歩を遂げてきた。実は、タイヤは「イノベーションの塊」なのだ。
ブリヂストンは31年の創業以来、自動車先進国の欧米に追い付き追い越せで、タイヤのイノベーションを繰り返してきた。国内市場においてトップを揺るぎないものにした70年代に入ると、欧州にも少しずつ手を伸ばしていった。しかし当時は、この東洋のブランドを知る者はほとんどいなかった。80年代にドイツで市場調査をしていた海外タイヤ事業管掌の島崎充平は「ブリヂストン? 何それ?」とドイツ人からよく言われたという。
そんな状況を打開し、知名度を高めるきっかけとなったのが87年、世界最速を誇った独スーパーカー、ポルシェ959にブリヂストンが先鞭を付けたランフラットタイヤが採用されたことだ。ランフラットタイヤとは、パンクしても所定のスピードで一定の距離を走行できるよう、サイド補強ゴムによって荷重を支える構造を持つ高付加価値タイヤのことだ。これが軽量化のためスペアタイヤを不要にしたかったポルシェの希望に合致した。「ポルシェに採用されたことは、ドイツ国内でも大変インパクトがありました」(島崎)。