患者さんの死を無駄にしてはいけない

医療界の中には、「医療にリスクはつきもので、外科医を業務上過失致死で刑事告訴するようなことが立て続けに起こると医師が委縮して、手術が必要な患者が治療を受けられなくなる」との主張もあります。しかし、医師だから何をやってもいいわけではないはずです。もちろん、日常診療の中では、患者を救うために、これまで誰も手術をしたことのないような難しい手術に挑まなければならないようなこともあります。私自身、他の病院では「手術ができない」といわれた患者の手術をしたことは少なくありません。でも、手術を引き受けた以上、難しい症例でも手術を受けたことによってその患者さんたちを社会復帰させてきましたし、外科医として、何度も同じ失敗を繰り返すことはありえないと思うのです。社会と医療界が許容できる範囲で、医師の業務上過失致死の基準を決めるべきではないでしょうか。

私が毎日実施している心臓手術も、普段はあまり意識していませんが、常に死と隣り合わせです。心臓の手術は十人十色で一つとして同じ手術はありません。どんなに事前の診断と準備を入念に行っていても、予測を超えた事態が起こることはあります。どんな領域にせよ、外科医にとって患者さんの死は敗北です。万が一、どうしても患者さんを助けられなかったときには、その原因をとことん追及し、二度と同じことが起こらないようにします。急いで手術をせずに、患者さんのリスクを減らしてから手術に挑むこともあります。

例えば、高齢化の影響でかなり患者数が増えている大動脈弁狭窄症という病気では、手術をすると死亡する確率が高いハイリスクの患者さんが分かるようになってきています。大動脈弁狭窄症は、つい最近、俳優の杉良太郎さんが人工弁置換術を受けたことでも話題になりました。この病気では、大多数の患者さんは安全に手術を受けられるのですが、以前は、患者さんのリスクに関係なく手術をしていたために、手術後の死亡率は約7%でした。その7%の患者さんを分析したところ、明らかにハイリスクの患者さんに手術が行われていたことが分かりました。現在は、患者さんの状態を判断するリスクスコアで、「ハイリスク」と診断された場合には、薬物治療を実施して患者さんのリスクを減らしてから手術をするか、最近導入されたカテーテルによる人工弁植え込み術(TAVI)を推奨するようにしています。

TAVIは全身状態が不良の大動脈弁狭窄症患者さんに心臓を停止させずに人工弁を植え込むことができる画期的な治療法ですが、治療にともなう経費が高額なためにどの患者さんにも当てはめるわけにはいかない特殊な治療法です。今後の発展とともに治療費用の低額化が待たれるところです。このように従来の術式を改良して、先進的な治療の選択も考慮するようになったことの積み重ねで、手術死亡率も2%程度に改善しました。以前なら亡くなっていたような患者さんを救い、元通り元気な生活に戻ってもらえるようになってきています。間違っても、患者さんの死を無駄にするかのように、死亡が続いた同じ手術を繰り返し行ってはならないのです。

天野 篤(あまの・あつし)
順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。
(構成=福島安紀 撮影=的野弘路)
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