「水平分業」の欧州型、「垂直統合」の日本型
VWが世界首位に躍進した背景には、国家と企業が一体となって新技術の標準化を進める「欧州型の産業戦略」があった。燃費や安全の規制は、欧州が先導してルールづくりを進める。その規制をクリアする技術開発を進めるため、ボッシュやコンチネンタルといったドイツの「メガ・サプライヤー」を早い段階で巻きこむ。開発した技術が世界標準となることで、業界全体に利益をもたらす。「クリーンディーゼル」は、まさにこの成功例のひとつであった(※2)。
競争領域と非競争領域を仕分けながら、国際競争力を高めていくことがドイツの自動車産業の特徴だ。非競争領域はサプライヤーとの水平分業が進み、その結果、有力なメガ・サプライヤーが育成されていく。そして、競争領域と定められたところは、ブランド、デザイン、電化、車載情報機器、自動運転などで、世界のトップランナーの地位を固めていく。
クルマの基本機能はメカトロニクスから電子制御に変わりつつある。近未来のクルマは、エンジンがモーターに置き換わり、段階的に自動運転の領域が拡大していく。構成部品のほとんどが電子部品に置き換わり、クルマの主力機能はソフトウェアが担うようになる。自動車産業は、エレクトロニクス産業と著しく同じ特性を持ち始めている。
エレクトロニクス産業はデジタル革命を経て、ソフトウェア主導の産業に生まれ変わった。その後、日本の電機産業は急速に競争力を失い、革命的変化の波に飲み込まれていく。自動車産業もいま、ソフトウェア主導の工業製品に生まれ変わろうとしており、その主導権を欧州メーカーが握っているのだ。
今回の「クリーンディーゼル」の危機は、ドイツの産業政策にとって確かにつまずきではあるが、競争力の息の根を止めるものではない。ディーゼル技術にハンディキャップを背負ったことで、むしろ電化やIT化は加速するはずだ。経営の近代化を成し遂げ、顧客の信頼を勝ち取る新技術と魅力ある製品を手にVWが復活したときは、さらなる脅威となっていくだろう。
欧州型の産業政策とは対照的に、トヨタグループに代表される日本の自動車産業は、サプライヤーの垂直統合を持続させながら、パートナーシップで成り立ったシステム部品の開発で対抗しようとしている。水平分業を進めメガ・サプライヤーを育成し、自動車の電化やIT化を加速化させようとするドイツの産業政策に対して、日本の自動車産業が本当に太刀打ちできるのか、という不安は小さくないのである。今回の問題に際し、国内自動車産業が油断をし、必要な改革を怠ることこそ最も憂慮すべき事態と考える。
※1:VWの不正対象車は最大で1100万台にのぼる見通し。VWは対策費用として65億ユーロ(約8800億円)を引き当てた。だがドイツ政府は国内240万台のすべてにリコールを命じるなど、費用は引き当てを上回る可能性がある。
※2:欧州ではディーゼル乗用車が90年代後半以降に急速に普及し、現在では乗用車の半数以上を占めるようになっている。日本では2010年から「クリーンディーゼル」が注目を集め、2014年の販売台数は7万9565台だった。