実家の旅館が倒産して女将を継ぐ

江崎は旅館海月の長女として生まれたが、大学卒業後は東京でアパレル商社に就職。すぐ継ぐつもりはなかった。ところが、入社翌年の23歳の誕生日に実家から電話が入り、「海月が倒産する」と言われた。

驚いた江崎はすぐに戻り、海月を再建すると決意。そのまま会社を辞めて1997年、5代目女将となった。その後、和議を申請して債務処理を行い、別会社を設立、再建を進めた。

伊勢エビやアワビを売りにした料理を出すなど努力を重ね、3年後には客数が7割も増えた。だが、再び業績は悪化。

「ふと周囲を見ると、同業がバタバタとつぶれていました。そのとき、鳥羽全体が落ち込んでいるのに、いくら1人でがんばってもダメだと気づいたんです」

江崎は鳥羽の魅力をいかに伝えるかを考えるうち、自分が子供時代に釣りや磯遊びで楽しんでいたことを思い出した。観光客にも同じことを楽しんでもらおうと、2000年に3人の同級生と共にオズを創業。海島遊民くらぶというエコツアーを企画し始めた。

当初は、釣り中心だったが、03年頃、三重県が無人島ツアーを企画、その協力を依頼された。だが、鳥羽の人たちが無人島を大切に守り続けていたことを知る江崎は、観光客が入ってきたら環境が荒らされると考えていったんは断った。

「でも、よく考えると、世間から隔離すれば離島は守られるのか。それよりも自分たちが関わって、自然に対する世間の理解を深めるように努力するべきではないかと思うようになりました。こうして、離島ツアーを始めたのです」

江崎社長とエコツアーのガイド。

島の環境保持には細心の注意を払い、定員を30人に限定し、磯の生き物を傷つけたり、持ち帰らないというルールを作った。漁協や島民にも説明して理解を求めた。当初は半信半疑だったが、江崎の働きぶりを見て、信頼するようになった。

10年には、鳥羽エコツーリズム推進協議会を設立。江崎が会長、鳥羽市観光課が事務局として、漁港や農協、商工会議所、商店会、旅館組合などオール鳥羽で、自然保護活動や観光産業の活性化に取り組んでいる。

アワビの餌となるアラメが減ったのは、海沿いの山林(ウバメガシ)が放置されてきたためだとわかり、協議会と鳥羽市が協力して山林の間伐を実施。間伐材で薪を作って、希望する市民に配布、薪ストーブや焼ガキ小屋などで活用されている。市は「海と森・きずな事業」として予算化し、山林を継続的に整備する活動として定着している。また、地元で利用されていない魚介類を「漁師の隠し魚」と名付けて、エコツアーや飲食店で活用する活動も行っている。こうした活動が評価されて、2014年にはエコツーリズム大賞特別賞を受賞した。

地元で「貴久ちゃん」と親しまれている江崎の周りにはいつも人がいる。それは、江崎が海月の女将から鳥羽の貴久ちゃんに変わったからだろう。貴久ちゃんパワーが鳥羽を変えようとしている。

(文中敬称略)

有限会社オズ
●代表者:江崎貴久
●創業:2000年
●業種:エコツアーの企画・運営、観光情報サービス、地域づくりコンサルティングなど
●従業員:5名
●年商:2400万円(2014年度)
●本社:三重県鳥羽市
●ホームページ:
http://oz-group.jp
(日本実業出版=写真提供)
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